空っぽな心と信じたい気持ち

家に帰って夫とその話をしてみると、じゃああのときはどうだった、これはどうだ、とサンプルを出して話し合いになった。

最終的に見つかったのが、まだ結婚前に夫が日本にいたころのこと。それまでやっていたことがうまくいかなくなってきて、日本に来たりイギリスへ戻ったりしていた夫が、もうイギリスに帰国して会社勤めの仕事を探さなければならなくなると言うのだ。突然のことに、そのとき人生で初めてお先真っ暗な気持ちになった。

そこでイギリスで一緒に暮らそうということになり、仕事と住むところを見つけて私を呼ぶために夫はイギリスへ帰国していくのだけれど、いつ環境が整うかもわからないし、今までとは違い次にいつ会えるかもわからない。見送りに行った空港で、二人でギャン泣きした。

当時の私には、傾いてきたとはいえ仕事もあったし、友人もいて安定した生活があったのに、夫がいなくなってしまうことが本当に辛かった。だから大丈夫、本当に好きな気持ちはあったんだよ、という結論に達することはできた。

でも、そこまで考えないと出てこない「気持ち」とは。どう考えてもおかしかった。これは大きな課題であり、私の問題の解決における重要事項なのだと思った。

1回目のときもそうだったけれど、セッションの最後に毎回アンケートに答えるようになっていた。内容は、確か「疲れてなにもできないことがある」などの質問に、5段階で答えるというものだった。セッションを受けながらどれだけ変わってきたか、またそのときどういう状態かを見るものだった。

私が「死んだほうがいいと思ったり、自分を傷つけようと思うことがある」にチェックをつけていたので、セラピストから詳細を聞かれた。どういうときにそう思うのか、どれくらいそう思うのか、また実行しようと思ったことがあるのか。

当時の私の場合は、自分を傷つけようと思うことはなくて、ただこうして空っぽで先の心配をしながら生き続けるという、こんなに意味のない時間がいつまで続くのかなと思ったときに、早く終わらせたいと思うことがあるのだと答えた。日本人女性の平均寿命を考えると、あと50年は生きるわけで、こんなことがあと50年も続くのかと思ったら、もう早くやめてしまいたいと思うのだ。

するとセラピストは、「あと50年もだなんて、それはつらい気持ちでしょう」と共感を示してくれた。そして「50年なんてかからない、もっと全然早くよくなるから、私が保証するから」と言ってくれた。「ここにはいろいろなセラピストやカウンセラーがいて、いろいろなことができるから大丈夫よ」と。

それを聞いたときに涙があふれてきて、会って2回目のセラピストの前で泣いてしまった。

たしかにここは心理学が発達しているヨーロッパの病院で、そこの専門家に会えたのだ。GPとメンタルヘルスで連携して、私の問題を把握してくれている。もしかしたら大丈夫なのかもしれない。どうにかなるのかもしれない。そう思えてきた。

「I want to fix this(私も早く直したい)」と言ったら、「Fix(直す)」じゃないのよ、と言われた。人はみんな違っているし、国を出れば文化的な違いもあるし、でも外国に来たからといってそこの文化に完全に染まらなければならないわけではない。その中でどうやって、自分の居心地のいいポジションを見つけるかということなのよ、と。

空っぽに感じるのは気持ちがわからないからで、それはちゃんと取り戻せるから大丈夫、と言われた。本当だろうか。本当かどうかはわからないけれど、本当だったらいいなと思った。

イギリスで出会った友人で、日本で優秀な大学を出てイギリスにCBTの研究をしに来ていた人がいたのだけれど、彼のような優秀な人がわざわざやってきて研究するくらいだから、きっとイギリスのCBTはすごく進んでいるのだと思った。だから私も大丈夫になれるかもしれない。安心して暮らせるかもしれない。

信じたい気持ちで一杯だった。

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