よどんだ夏

それでも落ち続ける日々」から数か月、まだまだ底のほうでよどむ毎日を過ごしていた。

毎日毎日が意味がなく、早く終わらないかと思っていた。こんなことをあと何十年も続けるのかと思うと、狂気の沙汰だと思った。病気で死ななきゃいけない人と代わってあげたかった。突然車が飛び出してきて事故で死なないかなと思っていた。今日はなにかないか、明日はなにかないだろうかと思っていた。

まだ体調も回復していなかった。「友人の来英」があっても1日しか会うことができなかったけれど、夏のうちにと泊まりで行ったウォーキングでも、少し浅瀬を歩いただけでダウンしてしまった。きついヘアバンドをしているような鈍痛が前頭葉にあって、何度も何度も休みながら距離を短くして歩いた。

ものすごく悲しかった。前はあんなに歩けたのに。体はどこも悪くないのに。一年を通して日照時間の少ないイギリスで、やっと晴天が見える貴重な夏に、素敵な海岸沿いのウォーキングコースなのに。

この年は新年に日本に行ったあと、どこにも行けなかった。せめて短い晴天の時期に、少しでも気が晴れることがしたかった。でもますます落ち込むばかりになってしまった。

カウンセリングをやったらよくなるのだろうか、このままなんじゃないだろうか。だったら少しでも早く死にたい。海辺でぼーっとしながら、頭の中が真っ白なのを感じていた。


夫の言動に傷つく日々」はさらに悪化していた。夫はまったく必要のないところで突然怒り、私はそれに死ぬほど傷つくことが多々あった。

夫は見た目が優しい雰囲気で、人に私の話をよくしたりするので、周りからはとても愛情のある旦那さんと言われるばかりだった。私がおかしくなってしまっているのは、明らかに夫のせいだった。でも誰にもわかってもらえなかった。それが実家で暮らしていたときの状況と重なった。死にそうだった。

ウォーキングをしていても、体調の悪い私を気づかってはくれる。でも同じ夫から死ぬほど傷つけられる。これはいったいなんなのだろう。私が悪いのだろうか。なんなのだろうか。

あとでわかったことだけれど、夫は物理的なことしか見えない典型的な「感情ネグレクト」だった。「体調」は見えても「感情」は見えない。「化粧水ふたたび」で書いた通り、人間にとって感情を無視されることは、存在そのものを無視されることになる。親から同じことをされて育った私にとって、この世でもっとも傷つくことだった。

でもこのころは、なにが起こっているのかまったくわかっていなかった。このままこれが続くなら死にたい、それだけはわかっていた。

夫と出かけたり、都心に用事があるときはオフィスに寄ってお昼を一緒に食べたりした。でも溝はまったく埋まっていかなかった。すべてが真っ白で、なにがおかしいのかわからなかった。どうにかしようとしても、どうしたらいいのかもわからなかった。

仕事は契約も終わりに近づき、就職活動も始めていくつか面接を受けていた。私の経歴にぴったりの仕事がいくつも出てきて、毎回「これをやるために今の契約を終わりにしたのだろう」と思うのだけれど、最終面接までいってもどこにも受かることはなかった。なにかだと思っていた。

でも正直なところは、もう仕事をしたくないと思っていた。日本には「専業主婦」という制度があって、結婚している女性は家事をしたり子育てをしたりして、外に仕事に出なくても普通だとされている。それが心底うらやましかった。とにかくなにも考えたくなかった。早くすべてが終わらないかと思っていた。

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