自分の気持ちの把握

スピリチュアルカウンセリングの最後。

会社と交渉するに当たって、自分の中の「会社に求める条件」をリストにしてみることになったけれど、それプラス、社員の人に「社員になったらなにが違うのか」ということを聞いて情報を集めておくのもいいかもしれないと言われた。そしてそういうとき、女性だと感情が入ってしまったりその人の視点になってしまったりするので、事務的に答えてくれる男性がいいかもしれないと言われた。

でも、日本的な会社では、女性だけではなくみんな感情が入ってしまっているように感じていた。「日本的な会社が苦手な理由」でも書いた通り、自分と会社が一体となってしまっている発言が怖かった。そういう現象に囲まれていると、自分が信仰していない宗教団体で生活をしているようで、とても精神的に疲れてしまった。

そういう発言を聞くと気持ちがぐーっとなってしまうけれど、「そういうことなんだな」と理解する。それはなにをしても変わるものでもないし、私が変えなければいけないものでもない。ロンドンのインド人街のように、まったく異なる文化が存在しているけれど「そういう文化もあるんだな」と受け入れるように。

でもここでわかったことは、「そこでは私自身でいられないんだな」ということ。見えないエネルギーが合わなくて、自分の気持ちも隠していなければならないし、自分のアイデンティティが保てない。だからこれが体にも影響して、起き上がれなくなってしまったのだろう。

「ストレス」というよりは、「本当の自分でいられない」こと。それがとても苦痛だったのだろう、と言われた。人間は、アイデンティティが保てなくなるとこんなにもおかしくなってしまうものなのか。自分そのものであること、それをしっかりと持っていることは、こんなにも大事なことだったのだ。

人間は、心臓を動かせれば生きられるというような簡単な生き物ではなかった。

きっと毒親のもとに育ってしまった場合、この生きるためにもっとも大事なことを奪われている。だから自分が存在できなくなってしまって、なくなってしまうようなあの虚無感があるのだ。毒親が犯しているのは、人ひとりの存在を殺す大罪だ。

でもここで問題となってくるのは、「自分の気持ちにどこまで従ったらいいか」ということだった。例えば今回の状況でも、もしかしたらその会社で学ぶことがあるから「頑張り時」だったりするのかもしれないし、夫の仕事もなくなる予定なのに、延長せずに辞めてしまうのは「甘え」であるような気もする。

自分の気持ちと戦うべきなのか、気持ちに従うべきなのか、いつもわからない。判断基準は、いったいどこなのだろう。

ひとつは、体が今のように起き上がれなくなって教えてくれる。日本で生まれていたらある程度の基本のしつけだったり教養はどこかで経験しているので、甘えであることを心配しなくても大丈夫だと思う。

また、自分の中で「辞める」と決めたら「はーーーっ」と力が抜けてラクになれるのであったり、「要らない」と言われたらどんなにラクかと思うようだったら、「それだけ今の環境にいたくないのだ」ということがわかる。

なるほどと思った。確かに、それはとても明確ではっきりとした気持ちだ。こんなこともわからないなんて、自分で自分にびっくりした。

気持ちの把握には、思ったことを正直に、ノートに手で書きとめていくのがいい。例えば「このお花とてもきれいですね」と言われたときに、「そうですね」と答えるのは、大人のコミュニケーションとしては普通になる。でもそこで「そうですね」と口で言ってしまうと、自分も「きれいだ」と思ってしまっているような錯覚に陥るけれど、ノートには「そんなにきれいだと思えなかった」とちゃんと書いておく。

そうすることで、自分の気持ちがわからなくなってしまわないようにする。これを続けていくと、なにがなんだかわからなくなったときにふり返って読んでみれば、そこに原因がたくさん書いてあるようになる。

今回のことでも、正社員の話をもらったときに「ありがとうございます」と言ったけれど、それは好意を示してもらったのだからとても正しい。でも自分の中で「続けたくない」とか「続けられるかわからない」と思ったり、また友達から「よかったね!」と言われたけれどわかってもらえなくて「悲しかった」などがあったら、正直に思ったことを書き留めておく。

正直ノート」だ。

今回、頭と気持ちが離れてしまっていたから、それが体に出て、しばらく体調がよくわからなかったのだと思う。頭と心と体の三人が「自分」という家に帰ってきて、休みながらまとまって、正直なところを言い合う。「会社や社会ではこう言っていたけれど、気持ちはこう思っていたのだ」と言う。すると、体も心も「わかってくれたんだ!」と安心する。

気持ちを切り離さなきゃいけない(Disconnect)のではなく、分離しておく(Detached)。気持ちはちゃんとあって、バッグに入れて持っている。バッグは体からは離れているけれど、ちゃんと自分とともにある。家に帰ってきたら、バッグから出して身につけることもできる。

以前のカウンセリングでもやったけれど、自分がなく、人と自分の間に「人と人の境界線」が引けていなかった。人からなにか言われると、それが自分の意見になってしまっていた。そこにつながった。

でも、今回は会社の考えかたになってしまってはいなかった。はっきりとはわかっていなかったけれど、会社の考えかたとは違う気持ちが自分の中にあることにちゃんと気づいていて、だから苦しかったのだ。それでも、

①自分は「こう」思う
②でも会社では「こう」言う

この二つをまだ明確に分けることができず、ごちゃごちゃになってしまっていた。だから体や気持ちが納得していなかったのだ。

それプラス、契約があと残り数か月だということで大きな不安もあって、疲れてしまっていたのだろうと思う。頭も心も体も、みんな戻ってきて、休みながら今後のことを考える。今回は、ここでしっかり三者が戻ってくることが大事。

これからのことを不安に思っていても、具体的に方法を見つけてあげられたらとても健康的。「じゃあこれをしてあげようかな、どう思う?」と三者に聞く。「わかんないけど、それでいいんじゃない?」と言われたら、それでやってみる。実際に動いてみたときに嬉しくなったら、「心は喜んでいるんだな」ということで、よかったのだということがわかる。

そうしながら「これでいいのかな」と常に三者で話し合いながら、できる範囲で自分に少しずつ道を作っていってあげる。

まずは「休んでいいんだ」というところから始めてみましょうか、と言われた。本当にその通りだった。

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