昔風の過去生二つ

前世療法の続き。

前回の考察から、二回目は「なぜこんなに今でも自分の失敗が受け入れられないのか」にテーマを決めてセッションを受けた。

この日は、なかなか思うようなものが見えてこなかった。2回目だからすんなりいくと思ったけれど、そうではなかった。セラピストの誘導で、短いストーリーをいくつも見た。最終的には、全部で4つ見た。最初の2つが昔風の話で、後の2つが現代風の話だった。しかもひとつは、今の自分の過去だったのがおもしろかった。

1つめの過去生:飛脚

江戸の町のようなところで、私は飛脚で、夜に誰もいない町の川沿いを通りかかる。すると、大きな屋敷が燃えている。赤ん坊と女性が犠牲になったかもしれない。

前の夜に、川岸の屋敷の前を通りかかったときに、二人組の男が火を投げ入れるのを見た。一人は悪そうな黄土色の羽織の男で、もう一人は普通そうな無口の男。次に同じ場所を通った時に、屋敷が大火事になっていたのだ。でも、足がすくんで動かなかった。

この火事の濡れ衣を着せられて、私は牢屋へ入れられた。悪そうなほうの男にボコボコにされて、「自分がやった」と言わされる。無口なほうの男に逃がしてもらえたけど、騙されて毒を飲まされ、芦の茂る浅い川まで逃げてきてそこへ倒れ込み、死んだ。

無口なほうの男は、優しい人だと思ったけれど、最初に見たときに冷やっとするような「冷たい目」を一瞬していたのを思い出して、信用したことを激しく後悔した。

人生を終えての感想は、「なんで自分がこんな目に?」という思いだった。二人組が火を投げ入れているのを見たときに、直感を信じてすぐに行動していればよかった。無口なほうの男も、いい人だと思ったのに、最初に見た冷たい目を信じて行動しておけばよかった。そういう後悔だらけで、自分を許せなかった。

考察としては、自分はとても責任を感じているが、たまたま通りかかったところで犯罪が行われてたり、たまたま悪いやつと関わってしまったりと、人生には「ただ運が悪いだけ」ということもある。自分を責めず、直感を信じて行動していればいいのではないかということだった。

2つめの過去生:お屋敷の女性

それほど昔ではないけれど、まだ着物で暮らしているような時代。

私は宴会の末席で給仕をしている女の子で、白い花の柄のいい着物を着ている。大きな広間に、赤い空気。この宴会で上座に座っていた男に手を出されそうになり、それに反抗したために地下に閉じ込められる。ネズミが出る、水が漏れている暗い荷物置き場。普通の女中が着る、黒と白の着物を着せられている。

60歳くらいになって、厚手の黒地に白い花の散った着物を着て、広間を抜けて歩いているところが見える。脇の部屋を開けると、夫が昼間から浮気をしている。娘はいるけど、世継ぎがいないので、軽んじられている。あきらめの人生。

死んで、土の中に埋められている。地上には、現代風のピンクの服を着た10歳くらいの女の子がいる。孫か、子孫かもしれない。

人生を終えての感想は、「自分がだから、こんな周りに振り回される人生になってしまった」という無念の思い。もうずっとこのまま土の中でいいかもしれないと、死んだような人生だったと思っていた。

考察としては、自分が女だからなどと「自分を責めない」ということだった。女の子に手を出そうとしたり、浮気をするような人が悪いわけで、女であることはちっとも悪くなどない。これも、以前に「女性性と男性性」で学んだことそのままだった。

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