伯母と母親について

スピリチュアルリーディングの続き。

私には叔母が二人いるのだけれど、すでに亡くなっているので忘れていたが、実は伯母もいた(「叔母と絶縁」参照)。このときにそれを思い出させてもらった。

初めて「SAGB」で観てもらったとき、「母方のおばさんが来ている」と一番最初に言われたのだけれど、父方も母方もおばに当たる人は全員生きていると思っていたので、「そんなわけはないです」と言ってしまった。もしかしたらあのときのおばさんは、この伯母だったのかもしれない。

感じるのは女性の霊なんですけど、中年期で亡くなった方っていらっしゃいますか?
おばあさんじゃないと思うんですよ、おばさんに当たる人なのかな。
どうもお母さん方の人で、わりと早くに亡くなった方が出てきてるんですね。
あなたとの縁は薄くて、会ったことがあるかないかというところみたいです。

お母さん方というのは、あなたのお母さんのことをすごく心配して出てきてるんですね。
お母さんは薬を飲んで病院通いをしているけども、この伯母さんが言うには
もっと他に、「自然な治療方法」があるんだって言ってるんです。
どうもお友達とか周りでもそういうことを言ってる人もいるんだけど
お母さんは頑固で聞かないみたいですね。昔はそんなじゃなかったのにって。

伯母は、たしかに中年期に亡くなっている。あとで従姉に確認してわかったことだけれど、私が生まれる一年前のことだったそうだ。

母親は、たしかに薬漬けだ。この年代の人はほとんどそうだと思うけれど、なにか異変があったらすぐ医者に行って薬をもらう。花粉症から始まった万年鼻炎、高血圧と、とにかくいつも大量の薬を飲んでいた。

出てきてくれた伯母は、どうも私にそんな母親をどうにかしてほしがっているようで、話がどうでもいい方へ進んでいった。そんなことでお金を無駄にしたくないので、母親のことはどうでもいいと伝えると、「若いころはいいけれど、あなたも大人になってナントカカントカ…」というありがちな話が始まったので、「モラルハラスメント」という単語を出して、「私には他に心配することがたくさんあるので、伯母の話はもういいです」と切った。

きちんと勉強をした心理カウンセラー以外の人からセラピーやセッションを受ける際に、注意しておかなければならないのはここだ。もちろん、中には心理学を勉強したり、毒親やモラハラを知っている人もいるとは思う。でもほとんどが知らないと思って当たったほうがいい。

このセラピストも、言っていることはもちろん正しい。でも人生には順番タイミングがある。みんなそれを無視するから、治るものも治らなくなるのだ。

「お母さんはアテンションがほしくて、人に罪悪感を感じさせるような形でコミュニケーションしてしまう、でも人が恋しくて、寂しい人なんですよ」と言われたけれど、それも拒絶したので、やっと話を変えてくれた。もちろん、聞かなければならない話は聞くべきだ。でも、今聞くべきでないものは今聞かなくていい。

以前だったらきっと「私のためにお話してくださっているのだから」と、聞きたくない話でも笑顔を作って聞いただろう。私は確実に進歩していた。

もし本当に伯母が自分の妹をどうにかしたいと思っているなら、その娘の私じゃなくて、本人の夢枕にでも立って訴えてほしい。「娘」の私よりも、「姉」から言われるほうがよっぽど効くだろうに。伯母の話を聞いて、人は亡くなっても悟るわけでもなくて、人間は人間なんだなと思った。

じゃあひとつ今回は、これはお母さんのためだけど、あなたのためにもいいんですよね。
霊界から見て一番大事なのはね、向こうがなにかをしてくれたとか、
あなたがこうしたから相手がそれをありがたいと思ってくれるとかではなくて
あなた自身が「やった」っていうね、これだけやってるっていうのが大事なんです。
どんな仕打ちを受けても、この人は肉親だし産んでくれた母親だからと思って愛するっていう
その経験をすることで、魂の精神的な面で成長できるっていうことなんですよ。

ていうのはね、今あなたの周りで、そこってすごく大事なところなんですって。
周りの人になにかを期待せずに、してあげたことが戻ってこなくても、
あなたがこの人を愛してるとか、一生懸命心配してあげる、
そのあなたの姿勢がすごく大事なんですって。それを忘れないでほしいみたいです。

言っていることは、とても正しい。どんな仕打ちを受けてもそれをすべて許せたら、きっとになれるだろう。人生の最終目標はそこなのかもしれないし、それがセラピストには見えているから言うのだろうと思う。

でもものごとには順序があり、0から突然100へ到達する人はいない。まだ10のとき、半ばの56のとき、もうすぐ達成という89のときでは、理解もやることも目指すことも異なってくる。そのときそのときに適切な助言だって異なってくるはずだ。すべてのことが一度に起こらないために、時間というものがあるからだ。

あなたはね、派手なこと好きじゃないのね。
そこがまたお母さんと魂的に違うところなんだけど、「見栄がない」のよ。
ブランド物にお金かけたりとか、そういう部分で人と競争するって全く興味ないでしょ?
今は職場行くのにきちんとした格好しなきゃいけないし、会社で付き合いはあるけど
例えばいざ学生に戻ったりしたら、ジーパンはいてそれでも全然ハッピーな人なわけですよ。

そこがあなたとお母さんの魂の「違うところ」なんですね。
お母さんは見栄っ張りで、変なところでなんで人と競争しちゃうんだろうね。

でもひとつ大事なのは、同じ魂じゃないから分かり合えなくていいんです。
でも、「あなたの魂のために」それを捨てることはないんです。
このあなたがお母さんの元に生まれた縁ていうのは、あなたが選んだことだから
その経験は大事なんです。

だからお母さんのことをわからなくてもいいけど、あなたのためにギブアップしない
っていうのがすごく大事だっていうのが、上からの見方です。

たしかにこのときの会社は金融系で、今まで私が長年いた業界とはまったく異なり、ドレスコードが「スマートカジュアル」で大変だった。今まではほぼジーンズ通勤だったし、どこで買えるのかはなはだ疑問の服を着てる人がいたり、Tシャツジーンズにリュックという中学生みたいな人がいる会社ばかりだったので、ここで仕事を始めるときにきちんとした服をたくさん買い込まなければならなかった。

それに比べて母親は、園服がかわいいというだけで遠くの幼稚園へわざわざ行かせたり、田舎の小学校にブレザーを着させて通わせたり、授業参観に着物を着てきたと、相当の上流嗜好だった。貧しい田舎の家で育ったから、やってみたいことが山ほどあったのだろう。

「同じ魂じゃない」と言われたことは、ものすごく救いになった。意味はよくわからなかったけれど、「」が違うのだ。なにか根源的なものが、とてつもなく違うのだろう。人間のレベルのような。だからわからなくて当然なのだ。

日本で散々な目にあい、あきらめの境地に達したけれど、これも非常に大きなあきらめになった。

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