夢に変化が

このころ、よく見る悪夢に変化が出てきた。

いつも見るのは、「人と人の境界線」で書いたような、両親や妹、昔は元カレなども出てきて、私がなにを言っても通じないものだ。そのうち殴ったり蹴ったり叫んだりするのに、向こうは笑っていてまったく効力を持たず、次第に腕や脚が上がらなくなり、声も出なくなっていって体が沈んでいき、恐怖に気が狂うというもの。

飛び起きると、いつも汗がびっしょりで心臓がバクバクしている。すぐに隣に寝ている夫を触って、自分がもうあそこから抜け出していることを確認する。

それが、変わった。

夢は実家のリビングで、なぜか母親と叔母2人(「叔母と絶縁」参照)がおり、自分も含めた計4人でいた。リビングといっても、コタツとテレビがある部屋で、みんなが集まる場所だ。目の前には三女の叔母、左には四女の叔母、そして右の視界から見切れたところに母親がいた。

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この「姿が見えない」というところも、なにか関係があるのだろうか。思えば、ここからもうなにかが違っていたのかもしれない。

みんなでなにか話をしていた。そこで私は、「たぶん流されるだろう」と思いつつも、年始に祖母に会いに来たのに施設に入れられてしまったこと(「予期すらしていなかった大災害」参照)を話し、「あり得ないよね」とぼそっと言った。

そうしたらなんと叔母(三女)が、「うん」だったか、「ひどいね」だったかわからないけれど、とにかくぼそっとひと言、私に同意をしたのだ。

それを聞いた私の中に、なにかが走った。

「だよね!!」と、そこから怒涛のような攻撃を始めた。どんなことがあったのか、いかにあり得ないことだったか。たびたび母親が言い訳を差し込んできたけれど、それにすべて反論し、追撃した。またいつもの悪夢と同じように、だんだん口が動かなくなってきたのだけれど、声だけは出た。一生懸命、もう全身で口を動かし、すみからすみまで全部言った。

叔母2人は、積極的にではないものの私に同意してくれて、3対1。母親は、だんだん小さくなっていった。夢から醒めて起きても、確かに全身で頑張っていたからすごい疲れてはいたけれど、以前のようなどん底の恐怖はなかった。それよりも、ある種の達成感すら感じたのだ。

この変化は、すごいと思った。

日本で試したヒプノセラピー(後述)のせいか、今回の事件で「いかに毒親がコミュニケーション不可能か」ということに確信を得たせいか、私の中でなにかが変わったのだと思った。

このころは、やたらとはっきりした夢をよく見ていた。現実かのように、景色などをまざまざと覚えているような、映画を見たようにはっきりしている夢だった。これも、なにか関係があったのだろうか。

これ以降もまた、以前のような悪夢の形で出てくることはあったけれど、怖くないパターンもたびたび見るようになり、だんだんとそれほど怖いものを見ることはなくなっていった。実家へ行く夢でも、夫と一緒だったりして、私一人になることもなく、一人だったとしてもまったく違うストーリーだったりするようになった。

ここが、なにかしらの大きなターニングポイントになったのは間違いないと思った。

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