「奇跡が起こる遊園地」

日本へ行ったときは必ず、古本屋で本を大量に買う。

この帰国ではメンタルに壊滅的なダメージを受けたので、心理学リラクゼーション関連の本をたくさん仕入れてきた。その中の一冊が、この本だった。

yuenchi

「奇跡が起こる遊園地〜人生のゴールデンチケット〜」ブレンドン・バーチャード著、服部千佳子訳
(左はイギリスで買った原書、”Life’s Golden Tciket” by Brendon Burchard)

表紙がかわいくてパッと見で買ってしまったけれど、このときの私にとってとてもためになる本だった。

主人公は、興味のない仕事をしながら、毎日を死んだように過ごしていた普通のサラリーマン。彼が、自分の中に問題があることを知り、それに立ち向かって克服するまでのストーリーだ。

最初の「魔術師」の話がとても印象的だった。

「わたしがここにいる理由はたった一つ。それは、あなたがたが大人になったあとの人生の大部分をがんじがらめにしてきた、邪悪な呪文を解く手助けをするためだ。そう、呪文。あなたがたは呪文をかけられている。呪われている。催眠術をかけられて、あることを信じこまされている。それはきわめて狡猾で、あなたがたが自分にふさわしい人生を生きる能力を脅かしてきた。あなたがたの心を操り、人生を汚染するうそに引き込んできた。そのうそのために、あなたがたは最高の自分になることも、リスクを負うことも、ずっと望んできた人生を手に入れるのに必要な、自信と強さを身につけることもできなくなってしまったのだ。」

「あなたがたは、これからたくさんのことを体験する。しかし、ここで年老いた魔術師の秘密を一つ授けておこう。呪文を解こうと思えば、それ以上に強力な魔法で呪文を無効にするしかないのだ。社会の呪文を解きたいのなら、それより強力な魔法を自分の中で調合しなければならない。その魔法とは、久しく魂の中に呼び起こすのを忘れてしまっているだろうが、希望なのだ。自分は新しく始めることができる、この世界にはもっとたくさんの素晴らしいことが自分を待っている、自分のあるべき姿である強い人間になってみせるという希望を、あなたという存在全体にみなぎらせなければならないのだ。」

「むろん、ほとんどの人は、邪悪な呪文だの、希望を調合するだのと言われても、ばかげていると思うだろう。それはそれでいい。ここでの冒険の旅が終わるころには、自分が本来の姿からいかにかけ離れているかを悟るだろう……」

サラリーマンは、このあとにこの遊園地で起こることを通して、自分が父親から虐待されていたこと、そのせいで自分の人生に様々な障害が生じていたことに気づく。そしてそれを乗り越え、単純な逃げやただの短期的な努力ではなく、本気で自分の人生を変えようとするところまでたどり着く。

このサラリーマンのように、自分の人生が憂鬱で死んだようなものであるのにもかかわらず、「これが普通なんだ」と思い込んで生きている人はものすごく多いと思う。「我慢して毎日を生きていくことが人生なんだ」と思っていると思う。

私は渡英と結婚で生活環境がガラリと変わったのがきっかけで、いろいろな問題が噴出し、「なんで毎日がこんなにもつらいのか」「それはなぜなのか」を考えるようになった。自分の中に「問題」があって、それが「育った環境」にあったことがわかってきた。自分は「普通」なんだと思っていたけど、そうではなかった。それまでの概念がすべてひっくり返された。「気づいてからの衝撃」で書いた通り、崩壊した。

「普通」だなんて思わずに、「つらい」という自分の気持ちを大切にしてほしい。「つらい」という現実を見てほしい。「なんでなんだろう」と考えてほしいと思う。「普通」な人なんていうものは、どこにも存在しないのだ。

本の中では、サラリーマンが泣いたり怒ったり喚いたりしながら、感情の激震噴出を体験していた。悲しくて、つらくて、一度では読みきることができなかった。

こんなにつらい思いをしてきたのに、少しの甘えも許されないなんて、ひどいと思った。

これをすべて自分でどうにかしないとならないなんて、あんまりだと思った。

最終的にはこのサラリーマンはすべてを乗り越えたけれど、私はこれは少しスパルタすぎると思う。人にはそれぞれ合うやりかたもあるだろうし、進みかたもそれぞれで違うと思う。

私には、「最初のカウンセリング」や「変わるということ」で書いたような、共感を示してもらうことによって、心のつかえをとって、自ら進んでいけるようなやりかたがいい。でももしかしたら人によっては、この本のサラリーマンのように、叩いて叩いて叩かれてすべてを爆発させることで、一気に問題を吹き飛ばすようなやりかたもいいのかもしれない。

どちらにしても、それまでの概念をすべてひっくり返すような経験になる。きっと誰もが「世の中とはこういうもの」と思って生きていると思う。でも、私がこのあともずっと、今だにカウンセリングで「すべてのひっくり返し」の連続を受けているように、きっと一生「こういうもの」なんてわからずに生きていくのだと思う。

それを知っていること、「今自分が知っていることはこの世界のほんの毛先ほどのことなのだ」とわかっていることが、自分の中にあるものだけでものごとを判断するのを避け、現実を見つめて現実を幸せに生きるための重要な成分なのだと思う。

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