日本で潜在意識に働きかける

日本で受けたヒプノセラピーの続き。

<場面4>の海で、小さい自分を引っ張って、誰よりも遠い沖まで連れて行った。大きい波がきたからそれに乗り、海岸へザッパーンと打ち上げた。砂が目に入ったものの、私がこの日セッションに持ってったペットボトルの水を出して洗ってあげて、痛くなかった。海の家に連れていって、かき氷と焼きそばを食べさせ、気の済むまでずーっと話を聞いてあげた。

それまでに出てきた小さい私はまったく話もしなかったのに、これがとてもよくしゃべった。劇的な変化に、びっくりした。

セ「小さいKelokoちゃんの表情、どうですか?」

生き生きとしていて、とても楽しそうだった。さっきとは大違いだった。やっと子供らしくなったという感じだった。こんなにしゃべりたいのを我慢していたのだと、驚いた。しみじみと感じさせられた。

こうしていつも自分を後回しにして、親や周りを優先し、それがさらに親を助長させた。ついには、話を聞いてあげて優越感をくすぐってやらないと、不満に思って私を攻撃してくるまでになってしまったのだ。小さい子が、どんなに大変だったことか。そりゃあ壊れるだろう。

日が暮れるまで話を聞き、それからようやく車に戻った小さい私は、疲れて寝てしまった。

セ「よく眠っているKelokoちゃんを、ぎゅって抱きしめてあげてください。『それでいいんだよ、あなたはあなたのままでいいんだよ、やりたいことどんどんやっていいんだよ、いつも私がついてるからね』って言って、抱きしめてあげてください。眠ってても聞こえると思いますから」

言われた通りに、小さい自分に語りかけた。「小さいKelokoちゃんを胸の中に入れてあげてください」と言われ、胸の中にきゅっと入れて、完了。

セ「じゃあ、さっきのテニスクラブに戻ってみましょう」

<場面2>に戻り、「お母さんのところに行きな」と小さい自分をけしかけると、コートの真ん中を突っ切って母親の元へ走って行った。

セ「たぶん怒られないと思いますよ」

本当に、怒られなかった。衝撃だった。母親は「あら、帰ったの」と、なんでもない様子だった。

セラピストに言われ、「小さい私が親の言いつけを守って我慢していたこと」「母親が楽しそうにやりたいことをしているのを邪魔したくなかったこと」「すごくいい子なんだよということ」を母親に伝えたら、母親が「ごめんね」と小さい私を抱きしめて泣いた。

テレビだったら、感動のシーンだったかもしれない。でもそれを見ている私は冷静に、「やっぱりけっきょくこいつに『理解してやりたい』という気持ちがなかったから、私はこんなに苦労することになったんだな」と、ふつふつ湧いてくる怒りをこらえていた。

セ「Kelokoさん、わかりますか?この子、寂しかったんですよ。でも、我慢してたんですよ。お母さんの邪魔をしたくないって、お母さん大好きなんですよ」

「私って本当にお利口でいい子だな」と思いつつ、そんな私を裏切り続けたやつが、本当に許せないと思った。確かに私を思う気持ちは本物なのだろうけど、どうしてそれが私のことを思いやることにつながらず、私に満足させてもらうことを期待する方向へしかいけないのだろう。しかもなぜ、それが叶えられないと私を攻撃さえしてくるまでになるのだろう。

セラピストにも、「Kelokoさん、子供なのにこんなに我慢してたらそりゃあ歯軋りしますよ」と言われた。幼稚園の先生である従妹にも、なぜ親が私の歯軋りを無視したのか、信じられないと言われた。三歳の園児が歯軋りをしていると聞いたら、家庭での様子を確認したり医者に相談するように言うそうだ。

そしてここでも小さい私を抱きしめて、「いい子だよ、頑張ったね、私がいつでもいるからね」と言い聞かせ、胸の中にきゅっとしまって、病院の場面へ戻った。

<場面3>では、病室のカーテンを開けて、パーティ仕様に飾り付けをし、人をたくさん呼んでケーキをあげた。でも小さい私は、怖くはなくなったようなものの、まだ遠慮してケーキに手をつけようとしなかった。困ったな、どうしたらいいのだろうと、たぶんセラピストさんも思っていたところ、驚愕の事件が起こった。

なんと、病室に突然が入って来たのだ。

やってきた夫は、いつもの調子でなにも考えてない人のいい笑いを浮かべながら、「食べちゃっていいんだよ、食っちゃえ食っちゃえ」と、本当になにも考えてない調子で小さい私にケーキを勧めた。最初は突然ガイジンが入ってきてびっくりしていた小さい私も、この調子に感化されて遠慮が吹っ飛び、おいしそうにバクバク食べ始めた。びっくりした。

私はもう感動して、びっくりしたのと嬉しいので突如号泣し、セラピストになにが起こったかもしばらく伝えられなかった。

セ「よかったですね!そっかー、旦那さん来てくれたんですね。よっぽど結びつきが深いんですね」

これは、たとえ自分にできないことがあっても、夫が助けてくれるから大丈夫なんだよと、安心するようにということなのだろうかと思った。配偶者が出てくることはなかなかないとのことだったので、結びつきが深いのだろうことは確かだった。でも今思うと、それはいいこととは限らない気がする。

ここでも、「大丈夫なんだよ、我慢しなくてそのままでいんだよ、私も夫もいつもいるからね」と伝えて、小さい私を胸にきゅっとしまい、最初の家の場面へ。

<場面1>では、さっきはわからなかったけれど、「Kelokoさん、この子どう思ってますか?」と聞かれ、「外に出たいのかな」と答えた。

セ「それと?」
私「それと…?なんだろう…」
セ「寂しいんですよ、この子。わかりますか?」

そう言われて、やっとわかった。私は、寂しかったのだ。

みんな外で遊んでいて、私だけ暗い家の中。一人で、寂しかったのだ。そんなことにも気づかないなんて、自分が恐ろしかった。

喉に問いかける」に書いた通り、カウンセリングで「感情」を挙げさせられたとき、最後まで「怒り」が出てこずに驚いたことがある。「喜哀楽」と言うように、人間の一番基本的な感情だけれど、けっきょくカウンセラーが言うまで出てこなかった。これも、怒りという感情を常に押し込めて生きてきたからだと言われた。

同じように、「寂しい」という気持ちを誰にも受け取ってもらえずに生きてきたから、わからなかったのだ。映画で同じシーンを知らない役者が演じていたらすぐわかるだろうことなのに、それが自分だというだけで、まったく気づけなかった。恐ろしかった。

こんなにも、自分の気持ちを押し込めることに慣らされてきたのだ。本当に毒親が許せないと思った。小さい子供にこんな思いをさせて、自分たちの満足だけ追求して、それを抜けようとする私をわがまま扱いして、本当に人間とは思えなかった。

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