大きな一歩

伯父のところ(「父方の祖母のところへ」参照)を出て、やっと毒親から離れられた。

こういう環境にいたから、私は壊れたのだなと思った。逆に、私は壊れて当然だと思った。

あの家を出て十数年、普通の人たちと普通のコミュニケーションをとって過ごし、普通の感覚が身に染み込んだ今、久しぶりに毒親に接してみると、いかにあの人たちがあり得ない人間か、自分のいたところがどれだけあり得ない環境だったかということがよくわかった。

私がつらい思いをしてきたことも真実で、私はなにも悪くなかった。親不孝でも、人の気持ちがわからない思いやりのない人間でも、自分勝手でわがままな人間でもなかった。私は、ただの普通の感覚を持った普通の人間だったのだ。

まだ毒親のコントロールの支配下から完全に抜けられてはいなかったけれど、それでもこれは大きな一歩だった。

1.毒親は普通の人間ではない。頭がおかしかったのは、私ではなく、毒親。
2.普通ではない人間と右も左もわからないころから一緒に暮らしていた私は、壊れて当然。
3.毒親と話して理解し合うことは不可能。

これを理解するにも、友人のサポートがとても大きかった。どんな目にあったのかを聞いて、「ひどい!」「あり得ない!」とみんなが言ってくれた。これで、「よかった、やっぱりひどいことなんだ」と、自分の感覚に確信自信を得ることができた。

毒親育ちは、生まれたときからあり得ない目にあっているため、感覚が麻痺している。そこで、普通の感覚で「それはおかしい」と言ってもらえると、「ああやはりそうなのか」「私が思っていたことは普通だ」と安心できるのだ。

でもそこで、「親なんだからきっとあなたのことを思ってやったんだよ」「なにか理由があるんだよ」などと言われてしまうと、脱出どころかますます毒親の支配下に陥っていってしまう。日本では「親」という存在をなぜか盲信する風潮があるため、毒親育ちはなかなか解毒へ進むことができず、どんどん毒に侵食されていく一方だ。

その点、イギリスだと「親」に対する盲信がなく、きちんと客観的な感想がもらえる。儒教的な考えかたがなく、キリスト教的な「個人」対「神」という考えかたで、神の前では親も子もなく、それぞれがどう生きるかということが重要視されているということだろうか。それとも、単に「あり得ない親」が多いからだろうか。「親=思いやりのある正しい人」という感覚はあまりない。

「親」ではなく、たとえば「上司」として考えてみたら、どこがどうおかしいのかがよくわかるかもしれない。

ただ、もうひとつここでわかったこととして、「夫の言動の違和感」があった。

「なんで私ばかりこんな目にあうんだろう」と泣く私と一緒に泣いてくれたりしたけれど、そんなことなどなにもなかったかのように、毒親に対しては普通に受け答えしていた。私をこんなに傷つけているのは毒親なのに、その毒親とにこやかに話をしたりしているのを見て、またショックを受け、傷ついた。

これは、「夫の言動に傷つく日々」で書いたことともつながっていた。これがのちのち「夫も毒親育ちだった」という発見につながっていく。

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