父方の祖母のところへ

次の日は、父親の車で、父方の祖母に会いに行く予定だった。

もうそんなことはお構いなしに、大荷物でもなんでも自分で持って、大変でもなんでも電車で行けばよかったのだ。今ならそう思えるけど、当時は今よりも毒親に支配されていたのと、当時は寝不足と怒りで思考回路がめちゃくちゃになっていた。本当に、心底嫌だったけれど、車に乗ってしまったのだ。私さえ我慢すれば、と思っていた。

行く前に、母親が私の運転免許証を貸せと言ってきた。私の名義で入っていた保険が満期になったので、降ろしたいらしい。でも、そんなの私には関係ない。毒母が勝手に入った保険だ。私のIDを貸さなきゃいけない理由はない。なにより、私の持ち物に対して、自分のもののように貸せなどと言われるのはおかしい。

「なんでそんな言いかたされなきゃいけないの?」と言えば、「なにがそんなに気にくわないのよ」と言われた。

目の前が、真っ赤になった。

自分たちの好きに振る舞い、それで私が怒れば、自分だけ大人であるかのような顔をして「なにがそんなに気にくわないの」。自分たちのしたことは、なんだ。自分たちがすることはすべてなかったこととなって、私ばかりが責められる。本当に、刺してやりたかった。殴りつけて、メッタ刺しにしてやりたかった。

私が怒ることで、自分の力を確信し、コントロールできていることに安心するのだ。だから怒ってはいけないことはわかっていたけれど、こうも犬扱いをされて、怒らずにはいられなかった。

毒母は、すごい態度で「貸してください、お願いします」と言ってきた。言葉ばかりは丁寧だったけれど、中身はまったくともなっていなかった。

言葉」は丁寧だけれど、「真実」は丁寧ではない。毒母は「言葉」で私をコントロールしていたのだ。どれだけ私のことを虫けらのように扱い、自分の好きにしていたとしても、「言葉」上できちんとしていればもちろんいいのだと毒母は思っていた。それが、毒母のいる中身のないバーチャルな世界だった。

それでも、当時はまだ「形式」が見えてしまっていて、人は「真実」で行動しなければいけないということを知らなかった。「お金」や「言葉」、そんなもので世界ができていると思っていた。

貸すことはなかった。でもしぶしぶ出してしまった。マリアナ海溝より深く後悔するばかりだ。

父親の兄のところへ行き、一緒にお昼を食べることになった。どこがいいだろうと伯父に聞かれたとき、私たちにはなにも聞かず、「イギリス人だから蕎麦とかは食べないよ、ピザとかがいい」と勝手に言っていたのが聞こえたが、無視した。仲良く一緒にお昼なんてできなかったので、一応車は降りたけれど、気持ち悪いと言って夫と車に戻って寝ていた。

父方の祖母の施設では、前を歩くでかい態度の毒親が本当に醜くて気持ち悪く、連れだと思われたくなかった。

祖母と夫と三人の写真を撮ってもらったが、カメラを持つ毒母の前で笑えもせず、死人のような顔をしていた。せっかく夫と三人で撮った写真だったけれど、プリントしなかった。夫に撮ってもらった祖母と二人の写真は、まったく違う楽しそうな表情をしていた。

祖母と話していると、「私も撮ろう」と、毒母が携帯のカメラで勝手に私と祖母を撮り始めた。いいとも言っていないのに、「娘と祖母」という銅像でも撮るかのように、パシャパシャといろいろな角度から撮っていった。嫌だから顔をそむけても、別の方向に動いてカメラを近づけて至近距離で撮ってきた。

目の前が、ふたたび真っ赤になった。

まるで、見世物だった。私に人権はなかった。「撮るな」と言われないから、好きに撮っていいのだ。私がどう感じているか、どう思っているかは、まるで関係がない。言われない限りは、撮っていい。たとえ言われても、「なにが気にくわないのよ」と返せばいい。なにが気にくわないか、きちんと説明できるものならしてみろと。

楽しくもなんともなかった。祖母の話など、まったく聞こえなかった。早く帰ることしか頭になかった。

伯父が、「うちに荷物を置いて、この辺りを観光していけ」と言ってくれた。私も大賛成した。そうするつもりだったからだ。でも毒親は「悪いから」と、なぜか必死に止めさせようとした。

伯父の家に着くと、伯父のいないところを狙って毒父が私に近づいてきた。気持ち悪かったので、逃げた。すると「おい、話を聞け」ともっと近づいてきた。「近づかなくても聞こえるから!」と、必死に逃げた。私が近づかないと思った毒父は、その場でどえらい態度で最終兵器を吐いた。

  「お前がそんな態度なら、次回から歓迎できない」

私は食い気味に「はい」とだけ短く返事して、伯父の家に逃げた。毒父は、拍子抜けしたようだった。

私が泣いてすがるとでも、思ったのか。「もう実家に行けないなんて!」「どうしよう!」なんて、思うとでも思ったのか。こんな犬扱いを受けて、「また来たい」と思うとでも思ったのか。というか、本気で「次回」があるとでも思ったのだろうか。

このときだって、実家に行きたくて行ったわけではない。祖母に会いたかったからしょうがなく行ったのだ。祖母がいなかったら、あんなとこ行くわけがない。私が自分たちに会いたくてやってきたとでも思っているのだろうか。あんなに気持ちの悪い空間が、そんなに素晴らしいお家だとでも思っているのだろうか。

宇宙レベルの勘違いに、驚愕しすぎて気を失いそうだった。

その後は、二人で伯父に名産の蕎麦をおごってもらい、短かったけれどやっと楽しい時間を過ごした。伯父は、「なんだ蕎麦が好きなのか」と夫に言っていた。蕎麦が特別に好きなわけではないが、日本にまで行ってファミレスのピザなど食べるわけがない。そんなことも考えず、聞きもせず、ただただ自分がいいと思ったものを毒親は与えてくるだけだ。

ひどい滞在だったけれど、毒親のほうから自ら「次回から歓迎できない=もう来るな」と言ってもらえたので、行かない口実ができた。これで「会いにもこない親不孝」と言われることはないだろう。とはいえ、どうせそう言い始めるだろうけれど。私にはもう関係のない人たちだ。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください