腐りきった毒親

翌日、夫と用事を済ませたあとで、近所に住むおばさんに話を聞いてもらいに行った。

このおばさんというのは、自分の叔母ではなく、同級生のお母さんだ。毒母や叔母とも仲がよく、私にも娘のようによくしてくれている人だった。イギリスに仕事で来たこともあり、会ってよく話を聞いてもらっていた。

それでもこのときはまだ、「そうは言っても、両親もKelokoちゃんが来るのを楽しみにしてたんだよ」と最初は言われた。

私だって、楽しみにしていたけど?会社休んで、高いチケット買って、2か月前から計画して、24時間寝ないで行くんだよ、楽しみでないわけがない。それを壊されて、私はかわいそうじゃないの?壊したやつらをケアしてやらないといけないの?私って、なに

そもそも、やつらの楽しみが台無しになったのは自業自得だ。自分たちが、祖母に会いに来た私に意地悪したいがために、自分たちの好きなように祖母を施設に入れて、それで私が怒ったわけだよね。人間誰でも、意地悪されたら怒るよね?普通だよね?ここで怒っちゃいけない理由は?

すると、おばさんが私に、毒母から来たというメールを見せた。「これは本当の気持ちだと思う」と。

『Kelokoが来てから顔もろくに見てません、胸が痛いわ』

クソだった。

私のほうが、よっぽど胸が痛くないだろうか。90を超える祖母と一緒に時間を過ごせるのはこれで最後かもしれないと思って、遠路はるばるやってきたのに、祖母を取り上げられた。毒母の胸が痛い程度なら、私の胸はぐちゃぐちゃにつぶれているだろう。

そもそも、あなたが娘に顔もろくに見せてもらえないのは、のせい?

おばさんも最後には理解してくれて、のちのち私が帰国する前には毒母にひとこと言ってくれたらしいし、次に再会したときにはもうすっかり毒母のことが理解できず、私の気持ちをよく理解してくれて話を聞いてくれるようになった。ちゃんと考えてみればわかることなんだけど、そこに「親子」という隠れ蓑があると、どうしても自分の「親子」を前提にしてしまうため、現実が見えなくなる。

それをわかっているから、毒母はそういうメールを人に送って同情を誘い、人から「Kelokoちゃん、お母さんと話してあげなよ」と言わせ、自分はなにもせず私から声をかけてこさせようとする。人はそれに乗っかってしまう。片思い中の中学生が、周りの助けを得て色いい情報を流してもらい、相手から告白させようとするのとまるで同じだ。

毒親は昔から、私をコントロールするために、「」と「カネ」を使ってきたのだ。でも、もうそれは通用しない。私が自分の「人」と「カネ」を手に入れたからだ。もう毒親の「人」と「カネ」では私に影響をおよぼすことはできない。

もちろん実家に戻れば、「胸が痛い」顔などどこへやら、ふてぶてしい毒母がいた。

時差ボケにもかかわらず、着いた日からずっと寝れず、毎日1〜2時間の睡眠という日が続いた。それまでに日本には2度帰国したことがあったけど、いつも夜8時くらいから爆睡してしまうのに、こんなに眠れないのは初めてだった。

夫と温泉に出かけてやっと二人になって落ち着いたら、ショーや鏡開きイベントも見れずに、眠り込んでしまった。それでも夜11時には目が覚めてしまい、温泉につかっても寝つけなかった。意識が朦朧としてたので運転が怖く、途中で休みながら簡単な観光しかできなかった。それでも、その時間だけは本当に楽しかった。貴重だった。

一緒に食事をする予定もなかったけれど、あとでいろいろ言われないようにするために、夕飯はいらないと電話を入れた。すると「今日は寿司でも食べに行こうと思ってたのに」と責められた。

「うわーお寿司食べたい!早く帰るから連れてって!」という反応を期待していることは見え見えだった。「寿司」というワードをことさら強調していた。

でも、どうせ回転寿司だ。そりゃあイギリスから来れば回転寿司レベルで感動するけど、そんなものは自分たちでも行ける。すきやばし次郎レベルならまだしも、なにも回るお寿司にわざわざ連れて行ってもらわなくてもいいし、そんなものに行ってまた得意気になるのを持ち上げてやる苦行などいらない。それよりも、どうにか心を落ち着けて寝たかった。

私が「いらない」とあっさり言ったので、毒母はびっくりしたようだった。それまでそんなことはなかったからだ。自分たちの「カネ」が通用しなくなったことを初めて体験して、驚いたのだろう。

それで「仕返ししてやろう」ということか、私たちが帰ってきても無視された。

「せっかく帰国してきたのにもかかわらず親と出かけない親不孝な娘」だから、こらしめてやろうということだろう。真実は、「せっかく帰国してきたのにもかかわらずいじめ抜かれる不幸な娘」だ。

毒親がやりたかったことは、「帰国報告」で書いた前年のように、不便な外国からやってきた娘を前に、これも食え、あれも食え、これはいいだろう、あれはいいだろうと自慢し、「お父さんお母さんとてもおいしい」とありがたがってもらい、「そうだろう日本はいいだろう」「日本に住めて幸せだ」と優越感にひたることだ。外国での暮らしがどうとか、仕事はどうとかいう私のことは一切興味はない。

そんなものに、遠路はるばる大金かけてやってきて、わざわざお付き合いする必要はなかった。そういうことに、ようやく気づいてきたのだ。

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