祖母の帰宅

予期すらしていなかった大災害」で書いた通り、しょうがないから祖母を実家に戻して一泊させると親が言い始めた。

私も一緒に施設に迎えに行くと、毒父は施設の人たちに向かって「本当は今週はずっと(祖母を)預ける予定だったんですけど、娘がイギリスから来たから俺が頼んで一泊させるんです」と、書いて練習したような長文を大きな声で滑舌よく何度も言っていた。

事実は、「娘がイギリスから祖母に会いに来るから、今週祖母はずっと家にいる予定だったんですけど、私らが娘と一緒に出かけたいから預けたら娘が怒ったから、一泊戻すんです」だ。でもこうして事実をねじ曲げて、それがさも本当のことのようにして生きている。

毒家族は、いつもこうだった。三人でお互いの肩を持ち合い、カバーし合って、すべての嫌なことを私のせいにして片付けるために事実をねじ曲げる。毒親が年をとって、さらにそれが悪化しているようだった。こんなにもわかりやすいことさえも、嘘をついて平然とするようになっていた。もうつける薬はないのだと悟った。

施設には何度か会いに行っていたけれど、実家で一緒に過ごすのとは全然違う。テレビもこたつもないので、ベッドのわきでなにもすることがなく、会話も続かない。10分15分で「また来るね」となってしまう。

家なら、こたつに入ってテレビを見てだらだらしながら、いつまでも一緒にいられる。お茶をいれたり、お菓子を食べたり、わけのわからない話をしたり。前年に行ったときはちょうど施設だったので、それができなかった。だから、今回は確認して計画してきたのだ。それをぶち壊された。

思えば、前年ももしかしたら、私が来るからと祖母を預けてしまったのかもしれない。

祖母が帰宅すると、実家の雰囲気がガラリと変わった。従妹は、「この家のヌシはばあさんなんだよ」と言っていた。その通りだった。祖母が切り盛りしていたころは、祖母の人柄を慕ってかしょっちゅう人がやってきて、みんなご飯を食べたりしていった。そういう明るいオープンな家だった。

その娘である母親が入ってからは、あまり人も寄りつかなくなった。人が来るたびに、母親がよく「またご飯食べてくつもりかね」「忙しいのにしょっちゅう来て」と陰口を言っているのを聞いていた。

数年前に家を建て替えて、きれいでいい家にはなったけれど、リビングは両親二人だけでシーンとしていて、居心地はものすごく悪かった。だからあまり入らないようにしていたけれど、父親は「いつ入ってきてもいいんだぞ」と気をつかって言っていた。大きすぎる勘違いだった。

祖母が来てからは、みんな自分の部屋にこもることもなく、従妹や叔母、妹と姪もやってきて、リビングがまるで違う部屋のようになった。祖母は、まるっこくなってそこにちょこんと座ってるだけだ。でも、その存在がこうも周りを変えるのかと思った。従妹が言っていた「ヌシ」という言葉がよくわかった。

祖母と一緒に過ごした時間は、本当にリラックスできた。懐かしかった。夜に同じ部屋に布団を並べると、「ここに寝るのか?」とびっくりしていた。一緒に寝っ転がると、「今日はKelokoがいるから嬉しくて寝れない」と言ってくれた。それだけで、来てよかったと思えた。

親は祖母がぼけていると思っているようだったけど、そんなことはまったくなかった。何度も同じことを言うけれど、それは話をしたいからだ。別に正しいことを言わなきゃいけない決まりもないし、同じことを何度も言ってはいけない決まりもない。子供が何度も同じことを言うのと同じだ。話したい、話しかけたいだけ。それもわからず、親は「ぼけてどうしょうもない」と言っていた。

祖母にはすべて見えていて、私と二人になったときに、父親のことを「婿なのによく面倒をみてくれる」「自分はみんなに面倒をみてもらって幸せだ」と言っていた。それまでアホなことを言っていたのに、帰り際に突然、夫に「Kelokoをよろしくな」と言ったりした。

祖母は仏教を信仰していて、私がまだ高校生のころ、その集まりが実家であった。私は隣の部屋で寝込んでいたのだけれど、それぞれがいろいろな反省を話しているのが聞こえた。

そこで祖母が、父親のことを「うちに入って頑張ってくれてとても助かってるし、ありがたいことだと心底思うのに、私はどうしても自分の息子(私の叔父)がかわいいんだ」という反省を、涙ながらに語っていた。衝撃だった。いつもあんなにぼーっとしてケラケラしている祖母が、こんなことを考えていたなんて。この人はぼけたフリをしてるけど、すべてが見えているのだと思った。

そんな立派な祖母なのに、「叔母と絶縁」で書いた子供たち7人がどれも今だに問題児なのがおかしかった。それも、のちのち解明されていくことになる。

祖母はもう自分でトイレに行けなかったので、やりかたを覚えて私が付き添った。毒親はそれを見て、新人が入ってきたかのように「よしよし世話をしてるな」「俺たちの苦労がわかるか」と、偉そうにしていた。

毒父は夫に対しても偉そうにしていて、親しくもないのに呼び捨てにし、「よしよしよく来た」という態度だった。なにを言うにも上から目線で、少しの日本語しかわからない夫に対して「日本語で言えばわかるんだよ」と英語も使わず、本当に気持ちの悪い恥ずかしい男だった。「Kelokoをよろしく」と言った祖母とは、どえらい違いだった。

あの毒家族は、本当に、恥ずかしい人間の集まりだった。

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2件のコメント

  1. > mimiさん

    コメントありがとうございます。よろしければいつも削除にしましょうか。
    祖母は、祖母自身は立派だと思います。でもやはり子供たちが全員こうだということは、そこには理由があるんだと思います。その辺りも分析していくところです。
    私もこのときはまだ親の言動の理由などは考えられていませんでしたが、カウンセリングで自分を見ていくと、やはり親のことも出てくるんですね。ちょうど最近それをより詳しくやったところなので、実際のこのときの理解よりも多くのことを書き入れてると思います。
    本はお勧めです。私は「アダルトチルドレン癒しのワークブック(西尾和美著)」を日本で買ってきて半分くらいやってみました。カウンセリングが一番ではありますが、これも役に立っています。
    Mediumについては聞かれたら書こうと思っていました。私が合わなかったのはG.Haywardさんです。他に観てもらった人はもう辞めてしまっているみたいですが、T.Taskerさんは初めて観てもらった人ですね。A.Actonさんもいいと聞いたことがあります。

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  2. > mimiさん

    お気持ちすごくわかります。私も同じでした。私もいつもチェックしてなくて読めるときに読んでコメントしてるので全然気にしなくて大丈夫ですよ。
    腹筋がないのも安心感の欠如かもしれないと思います。私の場合は腹筋がなくて上半身をよく支えられないから腰痛になっていた部分もあるので。認知療法やヨガをやってみて知ったのは「メンタルなものは体に出る」ということです。なので「支えられていない」という感覚が「支えられていないような体」を作ることはあると思います。

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