実家へ

毒母の大暴走」は怖かったけれど、祖母には会って、一緒の時間を実家で過ごしたかった。

それでもやはり、不安でいっぱいだった。私まで頭がおかしくなってしまって、夫に心配された。

でもここで、朗報があった。従妹いわく、母親は娘の私が自分を嫌っていることをわかっていると、言っていたそうだ。態度でわかる、と。それはそうだ。Skypeであれだけ無視されれば、どれだけの馬鹿でも気づくだろう。というか、もっと前から気づいてしかるべきだ。

ずっと私の気持ちを無視してきた人間が、私のいないところであれ、ついに私の気持ちを認めた。驚いた。

どれだけ、わかってほしいと思ってきたか。私は親子だなんて思っていないし、帰国したときに一緒に出かけるほど仲良しだとも思っていない。勝手に家に入られてから合鍵も取り上げたし、連絡だって数える程度しかしたことない。自分をいじめてくる人間に対して、仲良くしたいとも思わないのが普通だ。

でも、そんなこともわからないのが毒親だ。相手がどう思うかは関係ない。「自分の子供」というだけで、言葉通り「自分の好きにできるもの」だと思っている。「もの」であって、「人」ですらない。

「家族」なのだから仲良くしてしかるべきだし、「親」なのだから尊敬し大事にするべきであり、そうしない子供は「感謝が足りない」だの「親不孝」だのという言葉で攻撃する。自分が、仲良くしたいと人に思わせるような人間か、感謝され大事にされるような立派な親かということは関係ない

その上、この毒母は本当に気持ちが悪かった。私に気づいてほしがり、かまってほしがり、一緒に出かけるなどの妄想をふくらませ、それが得られないと相手をなじり、いじめる。こんなに自分は思っているのに、思いを返してくれないのはおかしいと。その稚拙な言動は、片思い中の中学生のようだった。

それでも、私が自分を嫌っているということがわかっているとなれば、私の顔色をうかがってくるだろうから、この帰国中、そこまで暴走できないはずだと思った。暴走しようとしたら、無視すればいいし、そうすれば少しは大人しくなるだろう。暴走できずに私にフラストレーションをぶつけてくるようなら、もうそれこそ本格的に無視すればいい。私とコミュニケーションできなくてをするのは、向こうだけだ。

私の態度が気に食わないからご飯を作らないと言い出しても、日本のスーパーで夫と買い出しして料理するなんて楽しいだろう。洗濯しないと言われても、洗濯くらい自分でやるし、もう家に泊めないと言われたら、それこそ「じゃあ出ていきます」と出ればいいだけの話。どこかに泊まって、日中だけになるけど祖母に会いに行けばいい。そんなことになって、毒親は自分がどう思うのか考えればいい。

そう言い聞かせ、実家へ向かった。

夫と二人で、12時間のフライト。24時間寝ないで、着いた。

成田から都心へ入り、大戸屋で日本食を食べ、夫と二人で行くのは数年ぶりの懐かしい東京を散策し、とても楽しかった。実家へ向かう電車の中で、観光客気分で馬鹿な写真を撮ったりして、はるばるやってきた久しぶりの日本で念願の一週間が始まりはしゃいでいた。

父親が少し遠い駅まで車で迎えに来てくれて、それに乗り込んだ。もうすぐ祖母に会えるはずだった。

祖母は元気か、まだ起きているのかと聞くと、父親が「施設へ預けた」と言った。時間が止まった。

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