叔母と絶縁

実家行きを前に、叔母と絶縁になった。

毒母の兄弟は、4女3男の、計7人。この叔母は、毒母のすぐ下の妹で、毒母と仲が悪く、もう10年以上前から絶縁状態の人だった。

① 長女(故人)
② 次女(毒母)
③ 長男
④ 三女 ←この叔母
⑤ 次男
⑥ 三男
⑦ 四女

「敵の敵は味方」で、この叔母と私は仲がよかった。渡英後に初めて帰国した際は、この叔母の家に泊めてもらった。叔父の退職旅行でヨーロッパに来たときも、最後にイギリスにも寄ってくれた。ただそのとき、数年ぶりに私に会ったにもかかわらず、私にはまったく関係のない自分たちの旅行の話を詳しく延々と話していたことが、なにかおかしいと感じてはいた。

前年に帰国した際は(「帰国報告」参照)、チケットの都合で正味3日しかなく、祖母たちに会い、運転免許を書き換えるだけで精一杯だったので、叔母をふくめほぼ誰にも告げずに帰国した。すると他の親類から私の帰国の話を聞いたのか、イギリスを発つときに「聞いていない」と文句のメールが。しょうがないから成田に着いてすぐ電話を入れると、「うちに来ればいいじゃない!」と文句の嵐。

この日程で、どうして祖母たちの家から遠く離れた叔母の家に行かなければならないのか。

私も頭にきたので、「3日しかないんだよ!」と続けて3回言ったところ、やっと「そうか」と言った。ちょうど祖母のところに行く予定だったというので、「そしたら祖母のところで会えるかもね」「着きそうなころ連絡するね」ということで電話を終えた。

しかし、時差ボケで移動の車中でダウン、祖母の施設に着いてやっと起き上がったくらいで、連絡は入れられなかった。叔母に会うと、帰国の連絡を入れなかったことに「あんなにしてやったのにおかしくないか」と叔父と話していたとまた文句を言われ、さらには祖母のところで分かれたあとに、叔父に電話を入れてくれと何度もメールで言われた。

このとき、私は実家に泊まっていた。実家と叔母家は絶縁状態。その中で、叔父に電話をかけて、「叔父さん今回は行けなくてごめんね」と仲良く話ができるとでも思っているんだろうか。

しかも、時差ボケでつらくて夜8時には眠り込んでしまう私に、なぜ叔母が家に着く夜12時まで起きて待ち、電話をかけなければならないのか。本当に、私のことが好きなのだろうか。久しぶりに会えて嬉しいと思っているのだろうか。

だいたい、遠路はるばるやってきたのは、叔父と叔母に会うためではなく、祖母に会うためだ。ついでに叔父と叔母にも会えたらそりゃあいいかもしれない。でも私だって、久しぶりの日本で3日しかないわけで、何時間もかけてやってきたその貴重なチャンスを、わざわざ叔父と叔母を喜ばせるために使わなければならない理由はなんだろう。

毒母の妹は、やはり毒叔母だった。

前回の帰国時にそんなことがあったので、今回もまた文句を言われたら嫌なので、先に「日本に行くことになりそうだけど、目的が祖母に会うことだからそちらにはたぶん行けないと思います」と連絡を入れておいた。

すると、「やっと気づきましたか、祖母がいなくなる前にできることをやっておきなさいね」と返信がきて、さらには「親と仲良くなったよかったですね」との捨て台詞

祖母は実家にいるので、祖母に会うには実家に行くしかない。もちろん毒親とは会いたくない。でも会わないと祖母には会えない。祖母は永遠に生きてるわけではないので、毒親が改心するのを待っていることはできない。

そう返すと、「去年のあなた(帰国時)を見ていて、親と仲良くなったと思いましたよ、別にそう思われることは悪いことじゃないですよ」と。そして、「他人様から見たら、実家に行っていたらうまくいっているんだろうなと思いますよ」とのこと。

他人様」。

そりゃあ、毒親の話もなにもしてない会社の同僚とかは、私が実家に行くと言ったら「実家でゆっくりしてきてね」と言ってくれる。他人様だ。でも、あれだけ毒親の話をして、わかるわかると聞いてくれていた叔母が、他人様?

叔母は、私が自分のところに来ず、毒親のところに行くことが気に食わないのだ。それで私にケチをつけてくる。本当に恥ずかしい人間だ。

あの家の人間は誰もかれも、けっきょく自分が楽しく気持ちのいい思いをしたいだけだ。叔母にしても、私を泊めてやったり、イギリスに行ったときはお土産をたくさん持っていってやったり、毒母の話を聞いてやったりした。だから、自分たちを持ち上げて楽しませろと。私のことはどうでもよかったのだ。

メールで「あれだけよくしてもらったのに他人と言われるのは残念です」と伝えると、「あなたのためを思って言っているのにどうも誤解されてしまうようです、さようなら」と返ってきた。毒母よりもまだ頭の回る叔母は、自分がまずいことを言ったことがわかっていて、それを追求されるのが耐えられなく、逃げたのだ。

親族にも味方がいると思っていたのに、もう誰もいなくなった。でも、もうそれでいいのだと思うようになっていた。

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1件のコメント

  1. なんだか目に浮かぶようです。
    私も似たようなやり取りが家族との中でもあったので、他人事だと思えませんでした。

    ちょっと思うことがあります。こういうやり取りは絶対に直接会ったり電話では出来ない内容だと思います。直接親交のあった相手に向かって「あなたのためを思って言っているのにどうも誤解されてしまうようです、さようなら」なんて言えませんよね。固い上から目線な表現は活字だと冷たい印象以外ありません。面と向かってそんなこと言うとしたら、相当な勇気とエネルギーがいります。

    人は特に大人は思っても言わないってことを日々繰り返しています。でもメールだとこういう残酷なやり取りが簡単に出来てしまうので大変危険だと思います。家族間に限らず、友人や同僚との間でもよく起こりがちです。

    昔、ある友人とメールのやり取りでちょっとした感情の行き違いがあり、最後には友人から「無理だと思うけどせいぜい頑張れば」と書かれたことがあります。面と向かって、あるいは電話で「せいぜい頑張れば」ってなかなか言えません。相当な捨て台詞です。それっきりその人とは会うことはありませんでした。

    こういう危うい文言は手紙でも書くのにためらわれますが、メールだといとも簡単に書けてしまい、よく考えずに送信出来てしまいます。それによって人間関係が失われることは目に見えています。

    だから自戒も込めてですが、ネガティブな内容のコミュニケーションをメールでしてはいけないと思うんです。その言葉が相手に直接であっても言えることか?を自問して確認する必要があります。大抵はとても言えないことだったりすると思いますし、もし言うとしたらかなりニュアンスをつけながら、言いにくそうな雰囲気で表情も申し訳なさそうに言うしかありません。でも、それならば伝わるものが文言以外にもあります。以前何かで読みましたが、人が言語でするコミュニケーションはほんの一部分でそれ以外による感情のやり取りがとても大きいのだそうです。同感です。

    ただ、イギリスと日本でやり取りするのにはメールでなければなかなか出来ませんよね。今、こうしてワールドワイドに連絡や交流が出来るのはネットのおかげですし、だからkelokoさんの体験にこちらが触れることも出来るというメリットもありますよね。

    便利と危険はコインの裏表ということだと思います。

    私も叔母に両親との関係であれこれ指導されそうで頭が痛いです。
    気を悪くされたら申し訳ないのですが、共感する部分が多かったので書かせて頂きました。

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