失敗が耐えられない

スピリチュアルカウンセリングの続き。

このころ、失敗をして「馬鹿だ」と思われることが異常に耐えられなかった。きっと周りは別に「馬鹿だ」なんて思っていないのだろうけれど、そう思われるという恐怖から逃れられなかった。一度失敗をしたら、そこからどう挽回していくかばかりを考えてしまって、他のことが身につかなくなってしまっていた。

周りがどう見ているかではなく、自分に対して「自分が耐えられない」ということ。この気持ちが解放されたら、とてもラクになる。その事件があったところを見てみても、誰も「馬鹿」とは思っていない。ただ「間違ったんだな」と、事実として思っているだけ。

こういう事件が起こったことで、「馬鹿と思われることが耐えられない」という現象があるということに気づいた。こういうのは対象者がいないと発見できないことなので、まずこういう状況が置かれてこれを発見できたということはよかったと考えられる。

確かに、そう考えると少しラクになった。自分にそういう問題があること、こういう状況の中に放り込まれることでそれに気づけたことは、また新たな自分の発見になる。なにかあったときに、ここで気づけることはなにか、どうしたらいいかを考える。これは、今後の問題に使える考えかただと思う。

このとき起こった事件は、もうどうしようもないミスだった。「こうだから間違えた」という説明もできない、いいわけさえできないものだった。なんで自分がそんなことをしたのか、あとになっても理解し難いものだったのだ。

そういうミスをするということは、「人間である」ということ。人間だから、理由もつかないなぜ起こったかわからないようなミスをする。

完璧であることがゴールではなく、「自分がどう受け止めるのか」が課題。受け入れざるを得ない、他になにもできないことが起こることで、「だったらどうやって受け入れるか」というところを考えられるようになる。この受け入れかたに個性が出るわけで、次の日になったら覚えていないほどお酒を飲む人もいれば、カラオケで歌いまくる人もいるだろし、人に話しまくる人もいれば、大泣きする人もいるかもしれない。

たしかに機械だったら、原因のないミスはしない。

なにかが抜けていたというのは、なにか大事なことに気づかせるために「抜いておいてくれた」と考えることができる。これで、失敗を上手に用いて前へ進める。

そいういう気づかせるためのインベントというのは、たいてい生死に関わるような重大事ではなく、「ちょっとしたミス」として置いてくれる。取り返しのつかないことではなく、周りも特に気づかないことが多い。本当に助けが必要なことだったら、そこに助けがあったはず。

もし取り返しのつかないことを置いてくれた場合は、「こうしておけばいいんだな」ということを学ぶとき。誰でも守られているので、気づかない失敗は置かれない。

たしかに、なぜこれが起こったのか、なにに気づかせるためだったのかを考え始めれば、自ずと「馬鹿と思われる」という思考から出て行くことができるかもしれない。

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4件のコメント

  1. > mimiさん

    私も自分がきちんとしてると思われるか気になって、挙動不審で人と話せなかった時期がありました。今でも多少あります。でも以前はなにがなんだかわからないけどとにかく誰に対しても駄目でしたが、今は原因がはっきりしていて、昔の自分みたいな人が駄目だったり、親と同じことをしてくる人が駄目です。もう少し自信がついてくればなにが来ても大丈夫になりそうだとは思いますが、またひとつステップが必要のような気がします。でも自分はどういうことが駄目でどういうことが大丈夫かというのがわかるようになったのはすごくいいです。
    自分がどこまで解毒できているかは、親に対して大丈夫かどうかってことだと思います。私は今も親みたいな人が駄目ですが、ということはやっぱりまだ親も駄目なんですね。会いたくないですし、会っても完全に平静ではいられないと思います。でも昔よりもだいぶ平気になったと思います。親を「わからせたい」とか「こうしてほしい」と思うようなことはなくなりました。あきらめとも言えますが、それでも今最新記事で書いている1年半前よりは全然ラクです。親みたいな人でも「親じゃない」と理解してつき合う道を勉強中です。
    私の場合は夫も毒親育ちで、私の親のようなことをしてくる人だったので、その分解毒に相当時間がかかってます。配偶者やその家族が自分の解毒に有効に働く人だと、一緒にいるだけで少しずつ自然に解毒できていくこともありますね。

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  2. > mimiさん

    とんでもないです、いい方向へ向かうといいですね!なんとなくですが、自己主張が強い人が好かれるということではなくて、こっちでは自己主張が強くても誰も気にしないというようなことじゃないですか?日本だとそういう人は嫌われますけど、こっちだとそういう人が多いし、みんな境界線があるから気にしないので、そういう人でも楽しくやっていけるというか。
    お義父さんのことは理由があるとはいえ少しなにかありそうですね。カウンセリングへ行ってみたら思いもしなかった自分のことがわかると思います。私は最初にチャリティのへ行き、次にこれからブログで書くところですがNHSからPsychotherapistへリファーされました。でも人の紹介で個人でいい人が見つかったのでそちらへ通っています。NHSでしたら無料ですけど、合うかどうかが微妙なのと、場所が通いづらかったので思い切ってお金をかけることにしました。今年いっぱいは自分にお金をかけることにして、ここで大きく回復しようと思ってます。
    あと私の場合は夫とのカップルカウンセリングもやるように言われて、Relateという組織で最初カウンセリングを受けてました。ここもチャリティらしいんですが、料金は通常で、でもわりとしっかりしたカウンセラーがいると思います。私たちの場合はその後私のカウンセラーがとてもよかったので、二人でそちらに通うことにしましたが、最初のスタートとしては安全でよかったと思います。たぶんGPなどでいろいろ情報があると思いますよ。

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  3. > mimiさん

    在英長い人で変な人たまに見かけますけど、どの国でもあることなんだと思ってました。なんででしょうね。私のいる地域はロンドンに近いのもあるのかわりとみなさん普通ですし、在英が長くても変な人に出会ったことないです。
    詳細はなにかあるのかもしれませんが、子供の家に居座ってそういう態度を取るような人は毒親のように私には思えてしまいます。どうでしょうか。そうでなくても、出て行ってもらうのはまったくわがままでもなんでもなくありませんか。
    個人でもチャリティでもいいカウンセラーに出会えるといいですね。その怒り、すごくわかります。私も早くラクになりたいです。

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  4. > mimiさん

    私も自分と人が違うということをわかっていない人と話をすると、ダメージを受けてしまうので今はそういう人がとても苦手です。カウンセリングで治療していって、どんな人と話をしてもダメージを受けずに済むようになりたいです。人がどうとか、周りがどうとか、一般的にどうとか、そういうことは関係ないんですよね。人はひとりひとり違うので。自分がこうだったからと人にもそれを強いるという毒親的な考えかたは前世代にとても多い気がします。
    兄弟によっても違いますよね。うちも妹は親のことを毒親だと思っていないです。彼女の場合は自分が毒に染まりきってしまっているからです。逆に毒親とは思ってなくても、難しさを理解していて適切な距離を取って生きている人もいると思います。

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