通勤生活が始まって

こうして、新しい生活が始まった。

私が仕事に出て、夫が家にいるので、夫の家事が始まった。お互い会社勤めだったときは、私が料理、その他のものを二人で分担していた。私が家で日本語レッスンをしていたときは、私が家事全般を担当していた。私が料理を担当していたのは、おいしいものが食べたかったからだ。特に、日本食。夫が作れるものはたかが知れているので、私が料理をしたほうがよかったのだ。

でも、今度は夫が料理もしなければならない。大変なことになった。

この仕事をする前に、短期のアルバイトをしていたのだけれど、そのときからすでにこの問題は始まっていた。

慣れない仕事生活で疲れて帰ってきて料理なんかしたくないので、最初は自然と「スーパーで買ってきてそれを食べる」というスタイルになってしまった。ロンドンには日系のスーパーがあって、そこで和食のお惣菜お弁当が売っているから、それも手伝った。

でも夫は、「弁当は高い、こんな生活を続けるわけにはいかない」と文句を言ってきた。

たしかに、和食の弁当は高いし、地元のスーパーの出来合いのものも、自炊に比べたら割り高だ。でも、仕事が終わってから「今日はどうするの?」と電話で聞いても、「なにを作ったらいいかわからない」などと言うのだ。仕事をしている私が、なにを作ったらいいか考えて連絡してやらなければいけないのか?アホかと思った。

夫のこういう「問題解決能力の欠如」が、とてもではないが我慢ならなかった。「高い」と言う、それなら高くならないようにどうしたらいいか考えるべきだ。「高い」と言う、でも言うだけでなにもしない。私を批判続けるだけ。信じられなかった。

なにも考えずに、「料理くらいできる」「レシピはネットで探せばいい」と言っていた。じゃあ今日どうしてなにも作れなかったのと問えば、「Kelokoがなにを食べたいかわからなかったから」「メールしたのに返事がなかった」と、言いわけの嵐。私は仕事をしているわけで、一日中携帯を見つめているわけではない。高い天丼を買われるのが嫌だったら、なぜ考えて行動をしないのか。

家事なんて、特に難しいことはないのだ。ではなぜ家事が大変かというと、「毎日永遠に続く終わりのない業務」だからだ。

特に、ただ毎日同じことをすればいいだけの掃除や洗濯とは違い、料理は中でももっとも大変なものだ。毎日毎日なにを作るかを考え、それに合わせて買い物をする。さらに言えば、具材が余らないようになにを作るか計画的に考えたり、余ったものでなにができるかを考えて作っていかなければならない。

単に、ひとつのレシピからひとつのものを作ればいいというだけではない。

このころから、この夫の言いわけばかりで「異常に謝らない」というところがおかしいと思い始めた。それでも、イギリス人全般がだいたい言いわけ大将なので、腹は立つものの、あまり気にはとめていなかった。でも、これはのちに大きな問題と判明していく。

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