過去の失敗を忘れるには

スピリチュアルカウンセリングの続き。

最後に質問はと聞かれたので、「過去の失敗を忘れるにはどうしたらいいか」を聞いてみた。これは私にとって非常に難しいことで、もう何年も前の失敗をたびたび思い出しては眠れなくなることがざらにあったからだ。これがとてもつらかった。

今思えば、これは毒親育ちにある「過剰な完璧主義」ということだった。これもカウンセリングでもやったことだったけれど、そのときはまだ「満足できない」のところで書いた通り、「自分にダメ出しをしている」という話だったので、この時点ではまだ「過去の失敗を忘れられない」と「自分にダメ出し」が結びついていなかった。

なにかを言ってしまった後で、「あー、ああ言えばよかったのにー」とか、レッスンで「ああ教えればよかったのにー」と思うことは、話のすぐ後やレッスン中にでも、すでに「クリエイティビティが働いている」ということ。

この回答は、今思えば単なる逃げ道だった感じもあるけれど、この考えかたを教えてもらったことで、このときは確かに本当に救われた。

たとえば、「素晴らしいナイフ」があったとする。使い方によっては大変な間違いをしてしまったりするけれど、使い方によっては素晴らしいものが作れる。このように、自分が持っている道具(言葉やエネルギー)を、どういう風に使うのかと考えてやってみて、後になって「あー、ああいう風に使えばよかったんだー」と「発見」しているということ。

道具というのは、「これはよい道具なんですよ」ともらっても、最初はなかなか使いこなせなかったりする。でも使っているうちに、だんだん自分の道具になっていって、自分とその道具がお互いに交流し合っていくうちに、そのうち目を閉じていても使えるように馴染んでくる。なので、「失敗」ではなく、うまく使えるようになっていく作業の「途中」ということ。

「道具は持っている、でも持っていると言われてもそれがなんだかわからなかった、使ってみたら間違ってしまった、じゃあこの次はこういう風に使えばいいんだ」、もしくは、「道具箱を開けたけれど、なにが入っているかわからなくて、とりあえず使ったけれど、これじゃなくてこっちを使えばよかったんだ」というような。「工夫をしようとしていたんだな」と思えばいい。

でもやはり、使えなかった場合はフラストレーションを感じたり、自信がなくなってしまったりする。「それが原因でレッスンがキャンセルになっちゃったのかなー」とも思ってしまうと、またそれでさらに自信がなくなってしまったりする。

でも、ただ「なにを持っているんだろう」「どうやって使ったらいいんだろう」ということに気づきましょう、ということ。振り返ってみて、「そうか、あのときあんなにショックだったのは、私はこの道具を持っていたにもかかわらず、こっちを使ったからだったんだー」というような。すると、「じゃあこの次からはこれを使えばいいんだ」としていけばいい。こういうことが、教えることや日々の会話の中でも、少しずつあたためられていたんだろう。

この、「持っていたけれど使えなかった」というところに、衝撃を受けた。

今までは、「ああすればよかったのに」というのは、後から「外的な要因で気づいたのが悔しかったのだ」と思ってたのだけれど、「自分で持っていたのに、別のものを出してしまった悔しさ」だと思うと、すごく納得できた。

「気づいた」というのは、持っていたから気づいたわけで、最初から持っていなければ気づかない正しい道具も持っていた、でもこのときは判断が少し違っただけで、次からは正しいのを使えばいいと。

そう思うと、ほっとした。この考えかたは、画期的だった。今までいろいろな解決方法を模索してみたけれど、これだけ納得がいって、解決の光が見えた考えかたはなかった。

ここからは、勇気を持って、道具箱を開けてみる。「うわーこんなのもあった」「あ、知らなかったけどこんなのもあったんだ」というように、「自分の持っているエネルギー」に気づき、それを少しずつ使っていきながら「あ、そうかそうか」と、なににでもそれを用いていって、練習していくうちにだんだん上手になっていく。

子供のころは、はさみを与えられても、手が上手に動かなくてうまく切れなかったりする。大人の人が切ってくれるのを見て、「なんで私はああいう風にできないんだろう」と思ったりする。でも使っているうちに、だんだん手も大きくなってくるし、うまく使えるようにもなってくる。

これと同じく、まず「なにを持っているか」に気がつくこと。「あ、これを持っているんだ」「じゃあこれを上手に使ってあげよう」と。そのうちにいろいろな人に会ったりすると、当然いろんな道具を使うようになり、関わる作業も多様になる。その中で道具の使いかたを身につけながら、毎日毎日夜には「ありがとう」と道具箱を閉めて、ゆっくり休む。道具も休んで、次の日に備える。

だから、寝ることは私にとってとても大事。また次の日にその道具を十分に使えるように、十分に休むということ。食べることも大事で、これは道具に必要な油をさしたり磨いてあげたりするということ。

たとえが本当に上手で、とてもわかりやすく、本当にありがたかった。

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