仕事について

スピリチュアルカウンセリングの続き。どんな仕事がいいのかも聞いてみた。

たとえば今までやってきたような会社に面接に行って、その環境に身を置いてみる。そこで「いやちょっと違う環境に置いてみたいな」と思ったら、違うところへ行ってみてもいい。別に、今回ここで見つける仕事が永遠のプロフェッションになるわけではないし、自分でもそれを感じているはず。風向きを変えるための「テンポラリなこと」だから、熱心に悩んでとかではなく、「割とこんな感じいいかなー?」と気楽に。ここからずっと何十年も、会社へ行って仕事をしているわけではないと思う。今後、仕事をしたとしても「週3日」というようなことをするかもしれない。

これはすごく嬉しいかった。ほっと力が抜けた。当時は、「会社に勤めてみた」「日本語教師やってみた」「でもどれも続かなかった」「次回こそなにか続くものを見つけないと」という焦りプレッシャーがかなりあった。

私の場合は、たとえば「銀行家の山田さん」みたいな「◯◯業のKelokoさん」というよりも、「私の存在」が①で、自分の中から出てくる「こういうことをしたい」というものが導いてくれるものが②。だから、「私の存在」があったら、なにをしていてもいい。

「①決まった道(例:銀行家)があって、②自分(山田)」という人もいるから、周りにそういう人たちが多いと「私はなにをしているんだろう?」と思うことがあるかもしれない。でも私の場合は、「私の存在」が①なので、②にくるものはなんでもいいし、ときどき変えたくなるかもしれない。クリエイティブだから、「そうだ、この時代にはこういうのがおもしろいかも」というように、季節が変わっていくように変化していくかもしれない。「この職業でなければそれが得られない」ではないので、なにをしていても得られるものは大きい。

だから、「私はどういう職業が合っているんだろう?」ではなく、私が先(①)で、その私がしたいと思うこと(②)をしていく。一般的に見るとかえって大変そうな人生に見えるが、今回の人生においては、なにをしていても「私が生き生きする」ということが目的になっている。「あ、なんか私今すごく生きてる感じがする!」という日があったら、これを重ねていけば「私を見つける」というところにたどり着いている。自分を持ってるし知ってるはずだけど、「これこそ私だなー」というように、改めて「形」を持って気がつくことが目標。

自分が飽きっぽいのではないかと思っていたので、これを聞いて安心した。夫のように、なにかプロフェッション(①)があって、それを軸に仕事をしていく(②)ということしか知らなかった。もしくは、ひとつの会社や業界(①)があって、それを軸に仕事をしていく(②)とか。でも、そういうやりかたがあるということは、違うやりかたも存在するということ。そこを教えてもらえた。

仕事探しの中で、紙の上に自分を表現したり(履歴書)、人と話して自分のことを表現することになるけど(面接)、これがいい練習になる。面接に行く会社のすべてで仕事をするわけではないのだから、気楽にいろいろ話してみて、その中で自分を発見していく。「なんかピンときた」でも、「あんまりピンとこなかった」でも。「今じゃないけど将来のいつかよさそう」でも、「あの会社は選ばないけどこの面接でなにか得たような気がする」「オフィスにあったあれはおもしろそうだな」でも。

日本語教師についても、けして今までしていたことを全部辞めてしまおうとせず、時間が合えば時々していていいと思う。それもまたクリエイティブ。こもってずっと勉強している人が外に出てスポーツをすると、その二つがいい感じに動くみたいに、日本語も活気になるから、一切辞めるではなく残しておく。すごく苦痛で疲れてしまったとなったら、少し手を置いて、またしばらくして始めてもいい。

でもけして飽きっぽいということではなく、勉強してこれも持っているから、それも使っていったらいいということ。「せっかく勉強したのに、時間もお金もかかったのに、全部無駄になっちゃうんだ」ではない。たとえば、Skypeレッスンや、時間の合間でやったり、疲れないように時間を短くしてやってみたり、そういう時間の使い方もクリエイティブ。「日本語教師はもう終わってしまったんだ」ではなく、発見したものは全部持って進むということ。

かといって、教えることをとてもしたいかというと、微妙。たとえると、まったく違う環境の中にポンと入ってみたりするとなにか発見があるように、もしかしたらそんなことをしたいのかもしれない。ここしばらく体が動けないでいる感じで、「こうなんかいろいろしてみたいけど、どんなもんかなあ…」と考えてしまうところだったんだろうと思う。

確かに、できるできないはともかく、こっちをしてるけどあっちもしてる、というような環境は好きだ。息抜きになるというか。ただ、「教師も会社員も全部持って進む」となると、どこがどうつながるのかがわからない気もする。でも予想外のことも起こり得るから、もしかしたら将来のいつかで「あーこのために日本語教師を勉強したんだ!」と思うときが来るかもしれない。

人から言われて、日本語教師をすごくやりたいわけではないということがはっきりした。でも、そうしたら他にどんな仕事があるのかというと、いろいろな会社を見たり、いろいろ人に会ったりしていく中で見つけていくということだ。しかも、次に行くところは、ずっとそこにいるわけではないテンポラリの場所だから、気楽にやるようにと。だから今までやったことにこだわらず、気になったものを全部見てみるといいということだった。

考えてみたら普通のことを言われただけだけれど、でも自分が軸になっているとか、次の仕事は一時的なものだとか、そういうことをすべて並べてもらわないと動けなかったと思う。持っていたものを、人から言われて改めて自覚するという感じ。眼鏡を頭にかけてて探してて、「どこどこ」と探していたところに、「頭にかけてますよ」と言われるような。当時いたところから一歩進むための、とてもためになるアドバイスだった。

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