スピリチュアルカウンセリング

引っ越しの前後、通常カウンセリングも続いている中、「スピリチュアルカウンセリング」と思われるものに行ってみた。日本人ですごくいい人がいるという話を、友達から聞いたのだ。

本当に落ちて煮詰まっていて、わらをもつかむ思いで行ったんだけど、行ってみて本当に救われた。このセラピストの素晴らしいところは、例えば「気にしないように」というアドバイスでも、「どうやって気にしないようにしたらいいか」というところまで話してくれるところだ。「気にするなよ」なら、誰でも言える。でも、「気にしない」ことができないから、にぶつかっているのだ。そこを解決しないことには、アドバイスの意味がない。

今までいろいろなスピリチュアルセッションを受けたが、観えたことをただ伝えるだけではなく、この一番重要なところまで掘り下げてアドバイスをくれる人は、今でもこの人しか知らない。

「じゃ、始めますね。わかりにくところとかあったらおっしゃってくださいね」という前置きのみで、こちらからの情報は一切なく、少し目をつぶられてからすぐ話が始まった。

あることがらについて、けして不可能でも無理でもないんだけど、いざ進むというときに不安になってしまう。確実にそうしたくてする場合は、疑問に思わずに進んでいるはず。でも進まずに止まってしまうというのは、きっと『自分がそうしたいかどうか』が問題になっているから。可能にしようと思ったら、可能にできることはたくさんあると思う。でも、これをしてまであれをしてまで向かいたいかというと、考えてしまう。今悩んでいることはそういうことだと思う。なんについてだか、関連していることお分かりですか?

びっくりしたけれど、まさに仕事のことだなと思った。当時していた日本語レッスンは、確かに努力すれば教材を全部作ってそろえて生徒さんをたくさん持てるだろうし、現地の学校でも教えたりできただろう。でも、そこまではできないでいた。そこまでの努力をしてやりたいかといえば、そうだとは言えなかったのだ。でも、学費も払って勉強したし、やらなくてはならないような気がしていた。

レッスンを辞めて会社勤めに戻るとしても、どんな仕事をすればいいのかまったくわからなかった。IT、メーカー、金融と経験が活かせる業界はたくさんあるし、職種も、営業も事務もコーディネーターもできる。できることを考えたらきりがない。でも、どれも「これをやりたい!」というものはなく、努力をしてまでやりたいことでもなかった。CVとにらめっこしても、途方に暮れるばかりだった。

しかし、普通は「仕事のことで悩んでますか?」とか「どんなことですか?」などと聞かれそうなものだけど、「このような心情が観えますがなんに関してかピンときますか?」というのは斬新だった。大枠から入って小枠につめていくのではなく、ピンポイントで小枠から入るなんて。びっくりした。

たぶん、『じゃあこれをやろう』と決めることはできるんだと思う。でも決めると気持ちはラクになるが、現実的になるわけで、すると『あれもしなきゃいけない、これもしなきゃならない』と、そこに向かうエネルギーが必要になってくる。でも、今すぐ進めるエネルギーがある状態ではない。でもだからとって『じゃあやらない』とすると、なにも変わらない気もする。だからどうしたものかと思っている。エネルギーが作れたら向かって行けるのか、それとも向かわないほうがいいのかを決めたいんだと思うが、決めるまでに少し時間が欲しい感じもある。

人が行動する際には、エネルギーが必要になる。

 ①エネルギーがすでにある場合:すぐ行動できる
 ②エネルギーがない場合:エネルギーを作る→行動できる

私の場合は、②のエネルギーが現状ない状態だった。なので、作れば行動できるのか、それとも行動しないほうがいいのかを決めたいみたいだと。

まさしくその通りだった。日本語教師に真剣に取り組もうと思えばできることだけれど、気持ちがなかった。無理矢理でも気持ちを作れば取り組んでいけるのか、それとも取り組まずに違うことをしたらいいのか、悩んでいたのはそこだったのだ。驚いた。私の頭の中がそんなにクリアに見えるのか。

なにか「変化」は必要なんだと思う。長い距離(期間)ではないけれども、風向きを変えるというか、変化を起こすというか。ただ、「どういう変化なのか」ということが悩みになっている。

今は動いていて、動いてはいるんだけどもちょっと止まりかけていて、止まらないようにキープをしてはいるんだけど、止まっていきそうな感じもするし、どうしたものかな、というところ。でもそこになにかセンセーショナルなことがあると、気持ちが変わったりする。

今のままだと、気持ちが詰まってしまっている。せっかくの私の人生なのに、『どうしようかなあ』と気弱になってしまっている。いろんな人にいろんなことを言われると、『私は本当は勇気があって元気なはずなのに、そんな私はどこに行っちゃったんだろう?』となってしまう。今はそんな自分を「取り戻したい」時期。これから次の段階ですることは、そのための、人生の風向きを変えるための一時的なもの。だから、やっている途中で『ちょっと待って、これだ』という別のものが出てきたら、そっちに移っていってもいい。

人の言動に傷つくようになってきたのも、このころだった。いろいろな人にいろいろなことを言われて、アップアップだった。停滞したうつ状態の日々を変えたかった。でもどうやって変えたらいいかわからなかった。そこに「引っ越し」がやってきた。セラピストの言う「センセーショナルなこと」はこれだった。

引っ越しを皮切りに、変化が訪れる。そこから始めることは、一時的なことで、だから真剣に悩んで決めなくてもいい、そういうことだった。そして、実際にその通りになったのだ。

広告

2件のコメント

  1. kelokoさん こんにちは。
    こちらには「回避性愛着障害」のキーワードでたどり着きました。

    わたしは40代中ばの毒親育ちで、kelokoさんと同じようにカウンセリングや
    スピリチュアル系で自分を模索し続けて、毒親・毒家族問題が一段落ついた
    ところだったのですが・・・

    毒親が介護になって遠方実家を行き来して、新たな問題も見えてきた
    ところです。

    同時に、同居パートナーが愛着障害の傾向あるな、と思っていたのが
    かなり重症だと分かってきて、検索するうちにこちらのブログを見つけました。

    読みながら自分の過去を振り返ったり、今の自分と置き換えたりして
    気付きやヒントを頂いています。

    パートナーは自分が怒りに支配されて生きにくくなってるのに気付いて
    おらず、問題を「投影」して正面から見ません。

    それを指摘するのがいいのか、放置して様子を見る(別れもあり)か
    kelokoさんのブログを読みながら考えています。

    ところでわたしはクラシカルホメオパシー療法を受け始めて、最初のレメディ
    が届くのを待ってるところなんですが、

    クラシカルのホメオパスが、

    人が行動する際には、エネルギーが必要になる。

     ①エネルギーがすでにある場合:すぐ行動できる
     ②エネルギーがない場合:エネルギーを作る→行動できる

    と同じことを言っています。

    ②のエネルギーがない場合:エネルギーを作る→行動できる

    これは自分が摂ったレメディが自分の状態に適合したら、おのずと
    エネルギーが上がるので自然に本来のあるべき自分になっていって
    人生が開けていく、ということらしいです。

    ホメオパシーはイギリスではメジャーな代替療法だと聞きました。
    もしご縁があれば、ホメオパシーもいいかな、と思ってコメントしてるけど
    大きなお世話だったらごめんなさい。

    いいね

    1. > ちょろさん

      こんにちは。新しい段階に入られたのですね。エネルギーを作るのにホメオパシーを利用する、というのはとてもおもしろいですね。イギリスではフラワーレメディなどと一緒に薬局で売っています。私もつい今年になってから友人に勧められて買ってみました。私の場合はカウンセリングやコーチングの補助的な感じで使っています。たとえば「好きなことを見つける」という課題に対して、カウンセリングやコーチングで取り組みつつ、ホメオパシーやフラワーレメディでエネルギーをサポートする、というような。いろいろやっているのでどれがどれくらい効いたのかはわかりませんが、好きなことがぼちぼちわかり始めてきたので、なにかは効いてると感じます。特に自分が落ちているときに助けになりますよね。

      いいね

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中