夫の状況

ちょうどこの1〜2年の間に、夫が会社を辞めたがるようになっていた。

当時、夫は新進気鋭のソフトウェア開発会社で働いていた。最初はそこの会社のアイディアに自分のやりたかったことを見て、ここで働きたいと応募し、受かって、充実した会社生活を送っていた。でも最初のソフトが売れ、大きな会社に買われてから、あんなに新進気鋭だった会社が、次第に親会社のサラリーマン化するようになり、かなりズレたことをやるようになっていった。

さらには、モバイル用ソフトの台頭もあった。ひとつに何年もかかって開発し、それが売れるかどうかもわからないという、大きなリスクを抱えた当時の会社より、モバイル用に小さいソフトを年にいくつも出して、売れたものに力を入れていくなどするほうが、今後生き残る道だと夫は考えるようになっていた。しかも、当時の会社のやっていたことは、その開発状況見てものちのち売れていくとはとても思えないものだった。

夫も理にかなっていないことをやらされ、それまで一緒に楽しく頑張ってきた同僚たちも、どんどん辞めていった。夫もしばらく無理やり続けていたものの、ついに限界となってきていた。

私の日本語レッスンの収入では、もちろん家賃なんて払えないため、夫には仕事を続けてほしかった。続けなくても、次の転職先を見つけてから辞めてほしかった。

でも夫は、自分でソフト開発をやってみたいと言い始めた。辞めた同僚たちも、数人でチームを組んで小さい会社を始めたりしていた。当時の会社を辞めて、ネットワークを広げて、人を見つけて、自分の作りたいものをやってみたいと言っていた。それは会社にいながらできないのかと言えば、今でも家に帰ってきてから少しずつやってはいるけど、仕事が終わってからは疲れてしまって十分できない。全力でやってみたい、と。

夫は当時徒歩通勤だったし、たぶん時間的にはそれほどでもないんだろうけど、会社での仕事がものすごくストレスになっていて、それで精神的に参ってしまって、家で十分やりたいことをできなくなってしまっていた。これは限界になっているのかなと、私も感じ始めた。

夫いわく、最悪自分ひとりでも簡単なものなら開発はできるし、開発者の求人も多いから、復職したいと思ったらいつでもできる。だから、とりあえず今これをやりたいと。

ここまできたら、もうこれをやらせてやらなきゃいけないんだろうなとは思っていたんだけど、でも踏ん切りがつかなかった。当時の停滞したうつ病のような毎日に、さらにお金の問題まで抱えることはできなかった。ずっと「うん」とは言えずにいた。

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