私の結婚と渡英

妹の結婚」から数年経って、今度はが結婚することになった。渡英前の挨拶も兼ねて、母方の実家と、父方の実家に、今の夫を連れて行くことになった。

その話をしに、一度実家に行った。嫌われているとはいえ、妹のところにも行って、結婚するという報告だけしなければならなかった。これでもう顔を合わせるのも最後だし、と思っていた。

すると、実家に親が勝手に妹を呼びつけた。当時、妹は娘が生まれていて、旦那と三人で来た。そこに、一番下の叔母までやってきて、両親、妹家族、叔母の、総勢6人に突然囲まれた。

叔母は、私と妹の間を取り持つとかわけのわからないことを言い、お互いの誤解を解きましょうとか言っていた。妹は上座に座り、「私はなんで今日呼びつけられたわけ?」と、そっくり返って御下問された。独身の姉の前で子供を見せびらかすように抱き、「子供ってほんと大変」「産まないとわからないよね」と得意気に話し、両親も大きな声でそれに同調するという、素晴らしいコメディ展開だった。

話が始まると、なんと妹は、私が自分の式に参列しなかったことが心底気に食わないようだった。私のことを、失礼で無礼で常識がないと罵った。

身内になんの連絡もなく、突然結婚式の招待状を送りつけるという、自分の常識のなさはどこにいったのか。だが、妹がしたことは誰も聞く耳を持たず、ただただ私が結婚式に出席しなかったということだけが取り上げられて、全員から一方的にぎゃんぎゃん言われた。いつも通りだった。

どうせ意味はないんだけど、私も一応説明した。常識で考えたら、身内は人を「招待する」立場だ。その身内に対して「招待状」を送ってくるなんて、「他人扱い」ということだ。「お前は来るな」と言われているとしか思えない。そもそも、招待状は「出欠を確認する」ものなので、「欠席」ができる立場の人に対して送るものだ。

すると親が、「それのどこがおかしいんだよ!私ら(両親)だって招待状をもらったよ!」と、驚愕の発言をした。驚愕続きの一家だったけど、これほど驚愕したことはない。ハイレベルすぎてついていけない。

どこの世界に、両親に対して結婚式の招待状を出す娘がいるのだろうか。「それは常識から外れてるんじゃないでしょうか」と言えば、「お前の常識は人とは違うんだな」と言われた。コメディも、ここまでくると笑えなかった。

叔母が、「いろいろ勘違いがあったわけだから、お互いごめんなさいを言って終わりにしよう」と、あほくさいことを言い始めた。私はもう早く帰りたかったし、いろいろといっぱいいっぱいだったから、さくっと謝罪の言葉を述べたけど、妹はずっと口を閉ざしていた。

こんなことしたってなんの意味もないんだから、口だけ言えばいいのに。どうしてもできないみたいだった。毒親育ちの典型だ。自分の思い通りにならないことが、許せない。だから、旦那が自分とは違う考えを持った違う人間であることが受け入れられず、けっきょくこのあと離婚するようなことになる。

妹がやっと口だけの謝罪をして、周りが納得したので、妹に対して私の話を済ませてしまうことにした。「私も結婚することになったから、報告をしに行くつもりでした、親戚に夫を会わせることになったから、そのときに来てもらえませんか」と、きちんとお願いした。もちろん、来ないことはわかってるし、私も来てもらいたくなんかないから、口だけだ。でも、口だけでも必要なことというのはあるものだ。

妹は、ここぞとばかりにそっくり返って大きな声を出した。うちの式には来なかったのに、自分の式に来いとはどういうことだと。

よかったと思いつつ、「もちろん来てもらえないだろうということはわかってます、ただ、身内だからちゃんと会って報告しなきゃいけないのと、出席のお願いだけはしなきゃいけないと思うので」と伝えた。攻撃のチャンスをスルーされた妹は、どこにもぶつけられない怒りをためこんで憤死しそうだった。でも、その怒りは自分で理不尽に勝手にクリエイトしたものだから、自分で責任をもって処理するべきだ。けっきょくこの怒りを処理できなかった自己責任能力のない妹は、のちのちこれをまったくお門違いのところにぶつけて、返り討ちにあうわけだけど。

こうして、渡英前のギリギリのときに、私の夫を紹介する食事会をすることになった。

夫がイギリスからやってきて、まずは私の実家である母方の家に集まった。妹はもちろん来ないし、来る心配もしていなかった。父方の方でも集まって、遠くからよく来たと、一番上の伯父がおいしいレストランで一族に振る舞ってくれた。父親はなにもせず、黙ってごちそうになっていた。母方の方の会のお金は、「妹は自分の式を自分のお金でやったんだからお前も自分でやれ」と、遠くから来た夫と私から二万円を徴収し、「本当はこれでも足りないんだよ」と捨て台詞をはいて帰って行った。

引っ越しのとき、手伝いに親が来てくれた。手伝ってもらったらまた恩を着せられるから、手伝ってほしくはなかったけれど、いらない家電を引き取ってくれるというので、来てもらった。最後に4人での写真を撮られて、お祝いと言ってお金を渡された。本当に、最後まで形だけで中身のない人たちだった。「娘の結婚」と「海外移住」という舞台にウルウルしていて、本当に気持ちが悪かった。

この一家は、まさに「演劇」だった。昔から「家族ごっこのようだ」と思っていたけれど、本当に中身のないステージ上のお芝居だったのだ。形ばかりで中身がなく、意味のないことをしながら毎日をただ通過している。なぜこうなのかという理由は、のちのちわかることになる。

渡英当日は、二人で4つのスーツケースを持ち、成田空港から公共料金の解約の電話をするほど、本当にバタバタだった。忙しいから来るなと言っていたのに、「それでも遠くから見るだけでいいんだから」と親が空港まで来た。「見るだけでいいんだから」と言っていたのに、携帯がガンガン鳴り続けた。

空港のパソコンで公共料金解約の電話番号を調べていると、空港の館内放送で呼ばれた。あり得なかった。「見るだけでいいから」はどうした。無視し続けて、解約の電話をしていると、親に見つかった。「いつもぎりぎりなんだから」と最後まで人を小馬鹿にして上からなことを言ってたから、もちろん無視して電話を続けた。

すべての解約が終わって、やっと出れるとDeparturesに向かいさようならを言うと、「向こうの家族へのお土産」を渡してきた。引っ越しをするわけで、荷物なんてどこもパンパンだ。入らないと言ったのに、勝手にかばんを開けて無理やり詰め込まされ、かばんは閉まらなくなった。最後まで、私のことなどつゆほども考えない、本当に迷惑でしかない人たちだった。

Departuresをくぐったとき、ああやっとなににもわずらわされることのない自分の人生が始まるのだと思った。涙が出た。

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