次のつまづき

カウンセリング後」で書いた通り、結婚後3年の最初の気づきがあってから、私は変わった。自分がされてきたことと同じことを夫にしないように、気をつけて生きるようになった。夫の、あのひどい苦しい顔を見ることはなくなった。

このときまだ問題の全容はわかっていなかったけど、妹はこれを乗り越えられなかったために離婚したけど、私は乗り越えられたんだと思っていた。もう大丈夫だと思っていた。

ちょうどこの気づきの少し前に、私は仕事を辞めた。もともと転職先を探していたんだけど、移った先の部署で縮小があり、社員を半分にするとのことで、退職パッケージをもらって辞めることにした。半年後にはその半分も切られて、けっきょく部署が丸ごとなくなったんだけど。

そして、前からやりたいと思っていた、日本語教師になるための学校へ行き始めた。外国人であることにコンプレックスがあったことに気づいたため、逆に外国人であることを強みに変えるために、日本人であることが強みになる仕事として、日本語教師を目指そうと思った。

半年学校に通って、修了証書を取得し、退職してからちょうど1年後に、個人レッスンを始めた。私がロンドンへ通勤することがなくなったため、夫の会社のある南の町に引っ越した。生徒も何人かついて、順風だった。

ところが、最初はよかった日本語教師も、1年くらいでダメになり始めた。当時思っていた理由は、準備にあまりにも時間がかかりすぎることと、私があまりにも生徒のことを気にしすぎることだった。

学校で勉強していた当時は、まずは個人レッスンをやってみて、それから現地校へ応募してみようと思っていた。でもこれが無理だった。履歴書も手紙も準備したんだけど、出せなかった。実習のときも死ぬほど緊張して、恐ろしくて大変だったんだけど、最後には自分の中でも完璧な授業ができて、先生からも評価してもらえた。でも、ものすごい考慮を重ねて、ものすごい準備をして、ものすごい大変だった。それを学校で毎日やるなんて、とんでもなかった。

また、準備に時間がかかりすぎるから、隔週でしか生徒が持てなかった。そして毎回毎回生徒が帰ったあと、「ああ言えばよかった」「これもできたのに」「これを準備しておけばよかった」と反省点がいくつもいくつもあふれるように出てきて、いつまでもいつまでもじっとしていらず、眠れなかった。やればやるほど、私はまだまだ勉強しなきゃいけないことが次々とわかってきて、とても無理だといつも思っていた。

このとき私は、前世療法のセラピストと話した通り、人に気を使いすぎるから、生徒がどう思うか毎度毎度気になりすぎてダメなんだ、と思っていた。

確かにそれもあるんだけど、これはまた、毒親育ちにある「過剰な完璧主義」の問題でもあった。当時はそんなことなにもわかっていなかったから、単に、人を気にしすぎる自分はこの仕事に向いていないと思っていたけど。

完璧じゃないとダメだから、準備に恐ろしく時間がかかる。自分の知識で現地校で働くなんてと、いつまでも始めてみることもできない。レッスンが終わるたびに、欠けていたポイントを見つけ出して、それをいつまでも考え続けて寝れない。いつまでもいつまでも、安心することができない。

思えば、事務の仕事でもそうだった。書類も、いつも何度も作りなおして、あとから改良点が見つかると、もう必要のない最初から全部直したりする。気がついたところは、全部きれいになっていないと気が済まない。

でも、事務の場合は、「会社」という流れに乗っているから、自分で最初からすべてやらなければいけないことはなく、自分がかかわれるものには「限界」がある。でも「先生」という仕事には、それがない。すべてが自分に委ねられているので、そのすべてを完璧にしようという無理なことをしてしまう。

当たり前なんだけど、人間がやることには「完璧」というものは存在しない。完璧じゃないから、人間だったりする。そういうものだ。

レッスンの目的は、「完璧にすること」じゃない。完璧にすることをいつまでも考えていても、生徒は上達しない。とりあえずやってみて、そこから必要なことを学んでいけばいい。どんなにベテランの先生だって、完璧なレッスンなんて永遠にできることはないのだと思う。毎回なにかがあって、なにかを学ぶ。それでいいわけだ。

でも、私にはそれができなかった。「連鎖していた毒」の気づきのあと、これが最初のつまづきだった。

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1件のコメント

  1. 主人も毒親育ちで、大人向け教育の講師で、やはり準備に時間や労力をかけすぎたり、生徒の反応気にする(他の講師が気にしないのを不思議に思ってる)所があるんですけど、親に従わなければならないと思った事は一度も無いらしいです。
    むしろ幼児期から両親を軽蔑しまくって、その期待に答えられなくても、自分を卑下した事など一度も無く、自分らにだけ都合のよい期待をするお前らって笑える、とバカにしてたようです。

    ただ、過剰に準備しすぎたり生徒の反応を気にする点が一緒なのは、親に対してより、そんな家に育った自分は、よほど努力しなければ、世の中で生き残る事に成功しない、という、それはそれで卑下の現れでしょうから、毒親育ちの特徴にはハマッてるんだなと、ここを読んで感心しました。
    そもそもアダルトチルドレンの定義は、アル中の親の家に育った人を指したそうですから、そういう家の出身者が、社会で必要以上に緊張し、過剰に向上心を自己に強いる傾向が強いのは無理もない事ですね……。

    私は逆に見栄っ張りで世間体を気にする両親だったので、そこは社会の目から隠されていて、主人ほど割り切る姿勢は身に付きにくかったけど、主人が親代わりになってくれて、やっと肩の力が抜けました(主人は親にして欲しかった事を私にしてくれてるのかも)。

    あ、そうだ。別の項目の事で悪いんですけど、判定みたいのをやる所だったかで、自己肯定感の低い人は、人の質問に、責められてると感じやすいみたいな文があって、「そうそう!」と思いました。
    そのせいか、何しろ質問に答えない。この類の人って。てゆうか会話が成立しない。
    こういう人を相手にする時って、どうすればいいのか……。特に仕事だと激困りです。どうしても白黒ハッキリさせなきゃならないシーン、てんこ盛りですやん。。
    (てゆうか親自身がこれなんで、イラッとしやすい自分てのはあるにせよ。笑)

    あと、また別の項目ですいませんが、稲田朋美はアニメ界隈の目を気にしてるのかも。
    アニメ世界ぽい感じの人が、杉田発言に激おこプンプン丸で自民応援やめちゃう場面を見たんで。(アニメのテーマでは有力燃料)

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