私に連鎖していた毒

私が夫に対して行っていた毒は、主に

 ①人に夫のことを悪く言う(家の外)
 ②夫をスケープゴートにする(家の中)

の二つ。

まず、①に関して。

日本人には、謙遜して身内を悪く言う習慣があるために、一見すると毒になんてまったく思えない。これが難しいところ。

私の場合、「白人と結婚」ということに対して好ましく思わない日本人の前では、夫のことを悪く言うとよく笑ってもらえた。また、愚痴を言うことで、外国や外国人というものに特別感を抱いているような人の前では、「別に特別なことじゃないんですよ」と示せて、共感を得ることができた。夫(彼)が外国人ということで、変に思われたり、意識されたりすることが極端に嫌だった私*は、これを大いに利用していた。

たしかに、日本人には「外国人」に対して変な意識があるけれど、それをそんなに極端に嫌がる必要もないし、たとえ理解の悪い人がいたとしても、なんとでも言いようはある。それを私は、夫の悪口を言うことで、笑いと共感を得て、自分の不安を解消していたのだった。

②について。

しかも、当時はイギリスのことが大嫌いで、イギリス人が大嫌いだった。安全で便利で未来的な国から来た私にとって、イギリスは蓋を開けてみるとひどい後進国で、イギリス人はそんなことにも気づいていない、先進国民ヅラした井の中の蛙だった。まあ、当たっていないこともないけど。悪く言えるところは、ゴマンとあった。

そんなイギリスにとって、日本が後進国と思われていることが気に食わなかった。日本のほうがよっぽど進んでいる、日本にいたときはこんなことあり得なかった、携帯が石器時代、食べ物が高すぎてまずすぎる、なにもかもが一度で通らない、正しいことをしてる人間が馬鹿を見る…こんな国に住んでる人間から、日本を下に見られていることが、心底いやだった。

それを、夫に当たった。毎日毎日あるいろんな不満を、夫がしたかのようになじって、見下した。そうすることで、嫌いな国で生きていくために自分を保っていた。①も同様だけど、自分の不完全さを、夫に当たることで、補っていたのだった。

その①も②も、まさに実家で私に対して行われていたことだった。

①に関して言えば、「日本人はみんなそうだよ」と言うと思う。じゃあたとえば、「謙遜」ではなくて、自分をよく見せるために使ったとしたら、どうか。

親戚や知り合いには、「娘から音沙汰がなくて心配だ」「あいつは親に連絡なんかしてきやしない」とふれ回る。そうすればみんな「お父さんお母さん心配してるよ」と、私に言うようになるからだ。周りには、子を心配する心優しい親のように振る舞い、私が親の心配を無下にする悪い娘だと刷り込み、周りを使って私から連絡をさせ、自己憐憫と優越感を満足させようとする。

私は実家にいるときから親と話をすることはなかったし、自立してからも連絡なんて数える程度しかしたことないので、もちろん事実と違うことは言っていない。でも、現実とはかけ離れた話である。ただ自分を満足させるために、娘のことを悪く言う。

本当に子を心配する親ならば、自分から子供に連絡をしてくるはずだ。だけど、渡英してからも、向こうから電話をかけてきたことは一度もない。これが現実。でも、普通の人はそこに「自分の親」や「普通の親」を重ねるために、「口にしなくても親っていうのは心配をしてるんだよ」と、現実を無視したことを言ってくる。こうして、問題は表面化しない。

②については、私の場合は、妹を含む家族三人からスケープゴートにされていた。

家で気に入らないことがあると、すべて私のせいだった。私のせいにしておけば、他の誰も悪くならずに済むからだ。「あの子は部屋が汚いし、だらしがないし、お金を使ってしまうし、悪い人間だ、だから、あの子が悪い」という、理由のない感じだった。

他の三人に共通することは、誰も「自分の悪いところを認められない」というところだった。私は、部屋が汚いし、片付けが嫌いだし、そういうところはそうだと認めている。逆に、自分は「だらしがない」わけでもないし、「お金を使ってしまう」わけでもないこともわかっている。でも、自分の悪いところを認められない人間たちと一緒にいると、私の悪いところばかりが自他ともにどんどん認識されていって、他の三人の悪いところは存在しないことになっていく。細かいところはどうでもよくなり、三人のうちの誰かと話が合わなくなると、「なにがあったのか」ではなく、「なぜあの子が悪いのか」というところから話がスタートするようになる。

そうすると次第に、私に対して、三人が口裏を合わせたり、ついには事実とは違うことも言い始めるようになる。そうやって、私ばかりがどんどんどんどん悪い人間になっていき、ますます三人に口実を与えていく。その上、①のように他人にも言い始めるわけだから、私はどんどんどんどん罠に嵌っていく。

実は、*のところに書いたように、人から誤解されることや変に思われることが極端にいやなのは、このためもある。少しの誤解でも、そのあとの底なし沼に続いていると感じてしまい、異常な恐怖を感じる。

そして、同じことを夫にしていた。もちろん、私に認識はなかった。うちの毒家族にも、そんな認識はまったくなかったと思う。でも、まったく同じことをしてしまっていた。家族とはそういうものだと、潜在的に学習してしまっていたからだ。毒の連鎖だ。

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7件のコメント

  1. 初めまして。読んでいてちょっと似てるなと思うところがちょこちょことあるので興味深いです。私も両親と妹との関係には悩んでいます。というか絶縁状態なので無勢に多勢で私が孤立しており共通の敵を持つことで彼らはかろうじて結束していられるようです。

    時々、本当は彼らが言う通り自分が悪いのだろうか、あの時のあの行動に問題があったのだろうか、と自分を責めたくなります。よく妹に「お姉ちゃんのせいでみんなが迷惑している」と言われました。本当にそうか?どう自問しても私が心底悪かったという実感が得られません。

    私から見れば妹は非常識極まりなく世間ずれして浮世離れしたお嬢さんで、それを黙認してきた両親にも多々問題があるのですが、家族の中で孤立していると孤立するような言動や行動をとった私に非があるという思いを植え付けられてしまいます。

    kelokoさんのエピソードを読んでいて妹さんの結婚にまつわる話はうちとテイストが似てるなと思いました。うちの両親は妹に不満は漏らしていますが、複雑に依存し合っているので彼女と距離を置くことが出来ません。今は孫を生んでくれてますますべったりになり、自分達を正当化する為に不在の私を悪者にすることで一体感を味わっています。

    私の母も私を踏みにじっておきながら、あなたのことをいつも心配していますというメッセージを忘れた頃に送ってきます。今年はあなたにいいことがあるように祈っています。とか。あなたのすべきことは心配じゃなくって謝罪じゃないの?常に上から目線で自分は正しい親なんだというポジションは譲れないんだなぁと思います。

    家族から疎外され孤立して苦しくもありましたが、仲のよい家族を演じるのにもう疲れていたのでそこから自由になれて良かったかなと思っています。外に出た途端、今までと打って変わって理想の家族を見事に演じだす奇妙さにうんざりです。

    ネットが生活に入って来て、こういう問題は自分だけではないというのが簡単に分かるようになってありがたいです。

    少しずつ読ませて頂きますね。

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    1. > orangeさん

      コメントありがとうございました。なぜか返信されていなかったようですみません。外に出ると、家族のことが客観的に見えるようになってきますよね。家の中だと孤立していたけれど、外に出てみれば自分の考えがマジョリティであることがわかるんですよね。私もネットのありがたさを噛みしめています。

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  2. 私はkelokoさんやorangeさんと、そっくり同じようでいて微妙に組み合わせの違う立ち位置でした。

    私も部屋が汚くて片付けが苦手で自分以外の家族三人にスケープゴートにされ、虐待され苛め抜かれたけど、私は妹で、姉はしっかり者で学歴も高く、神経症と言えるほど綺麗好きな母に高く評価され、家族の団結を保つためには、私を標的にする事が必須条件でした。。
    しかも海外生活したのは姉でした。

    この微妙な組み合わせの違いが面白いです。

    両親ともに毒親でしたが、海外勤務と海外生活こそが、ハイソサエティーの紋章のように気取ってました。
    姉は、今でこそ思えばその犠牲者だったのかもしれないけど、私の目には、親と同じ鼻持ちならない日本蔑視主義者で、周りを見下したいがために外国に行ってるだけでした。
    が、その結果の海外生活は悲惨で、夫とも隙間風が吹いてたようです。。(毒親育ちは、親に気に入られる立場でも、不幸になるのかも?)

    その反面、私は主人と超ラブラブで、主人が100%親の代わりになってくれました。
    近年、子供に対して親が「抱きしめる」という小っ恥ずかしい愛情表現があるのを初めて知りました。そういうのは欧米人しかしないんだと思い込んで幼児期を過ぎ去ってしまいました。
    なので、スキンシップというものは、恋人が出来るとか結婚するとかしないと得られないのだと固く信じ切っていたのです。
    それゆえ結婚は私にとって、単純に地獄から天国に行ける道のりに過ぎませんでした。
    今本当に幸せで、何の苦労もありません。私の人生はひたすら末広がりで、今は地獄の鬼の顔など殆ど思い出せません。

    ちなみに、「杜子春」は芥川にラストを脚色されて、親孝行が美化されてますが、中国の原作では、杜子春が最後に親を呼ぶというオチじゃないんだとか。

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    1. > ワンころ餅さん

      毒親に好かれても、幸福にはならないのではと私も思います。毒があると、自分を幸せにする方法がわからないと思うので、染まったままでは難しいですよね。こっちにいると忘れていますが、日本ではハグはしませんよね。最近の親子さんだと違うのかもしれませんが。

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  3. 人は自分がされた嫌なことを、近くの人にします。私は大学病院での就労歴があり、看護師ではないですが、特殊な部署で人の悩みを傾聴していました。医療の世界にて専門家かりがっちり学び、関係者のみ知り得る貴重な勉強をしたので、私に非はなく毒親が悪いと気づきました。

    私は長女で健康一方、妹と年が離れ病弱ゆえに、毒母と妹は一緒に海外旅行するほど仲が良いものの、末っ子同士だから自己解決能力が欠落しており、問題が起きると毒父と私に泣きすがる始末。

    妹から一方的に年賀状が届きましてが、5年以上完全無視の末、私が転居し連絡できなくしました。

    溺愛されても毒親の悪影響はあると思います。私は空っぽの心を埋めていく作業を一人でやり遂げています。大学病院での学びのお陰で、最短コースを選択できました。

    守秘義務があり書けませんが、自分を埋めるコツが分かれば楽になり、毒親は心で死亡させました。介護を期待していた浅はかな毒親を切り捨てた私を褒め称えます。

    介護が必要な高齢になると、毒親はやりたい放題し、パワーアップする確率が上がります。若い方はまだ直面しない問題ゆえ、絶縁と唄いながら毒母が恋しくなり接触する始末。

    1対3の監獄でしたが、過去より未来、虐待された犬は愛情により回復しますよ。自分を一番大切に満たされますように。

    状況が似ており長文失礼します。

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  4. >kelokoさん
    >ももさん

    こちらのサイトでも推奨している『毒になる親』(スーザン・フォワード)を読みました。
    うん。溺愛されてる側の子でも、毒環境下の影響に変わりなさそうですね(^_^;)。。
    毒親にとって「(溺)愛」単体は存在せず、どうも「スケープゴートを作る事」が目的なんだと思えて来ました。
    姉がシッカリ者とか、妹が自堕落とかいうのは、どこの家でもありそうな傾向であって、普通は自分に無い部分を互いに補い合う事を、家庭や社会で学習するんでしょう。

    それを長女はこうだからスバラシイとか、末っ子はこうだからダメとか言っては(家によっては言う対象が逆でしょう)、親戚や隣近所や家庭教師まで巻き込んで、何十人の中で苛められました(^^;)。。
    要は、上の子だろうが下の子だろうが「独立心の強い子を攻撃の標的」にするようです。家の外に出て家族の秘密をバラしたり、結束を乱すからだと。まるでカルト団体ですな(笑)。

    それも家を出て結婚した途端、変わりました。
    このサイトの他のページで、関わり方の変化について書いてある所が確かあったんですが、私と夫は、実家に行ってもベタベタイチャイチャしてたんで(笑)、それに感化されてか、一時はずいぶん変わったと思ったんですが……。

    >介護が必要な高齢になると、毒親はやりたい放題し、パワーアップする確率が上がり

    それそれ(笑)。そうなんです。戻るスイッチが入る脳の仕組みらしいwww

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  5. > ももさん、ワンころ餅さん

    そのときどきの自分にぴったりな解毒方法を見定めて進んでいくのは大事ですよね。

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