私の気づき

私に連鎖していた毒」のところで書いた通り、私の気づきは「自分に毒が連鎖している」ことに対する気づきだった。これが、そもそもの始まり。まあ、そもそも論でいえば、そもそも親が毒親で、またその親も毒親だったということにはなるんだけど。

きっかけは、結婚と、それにともなう渡英だった。

これもけっこう多いパターンだと思うけど、別の環境で育った他人と一緒に暮らすことで、いろんな問題が出てきて、そこで初めて自分の育った環境のおかしさに気づく。私の場合はまた、日本を出たことも大きく関係している。育った家庭、育った国、育った環境のすべてとまったく違うところに入ると、今まで自分がいたところを客観的に見れるようになって、自分がいたところがどういうところだったのかがわかるようになる。

日本にずっといるとわからないけど、日本を出てみると、他の国の様子がわかるので、「日本とここはこういうところが違うな」ということが次々に出てくる。そうすると、日本は他の国と比べると「安全」で「便利」な国だとわかったり、「細かく」て「融通の効かない」国だというようなことが見えてくる。「普通」だと思っていたことが、「日本では普通」だっただけということもわかってくる。

これと同じく、他人と家族になって暮らし始めると、自分が育った「家族」がどういうところだったのか、ということが見えてくる。

日本で出会った私の夫はイギリス人で、ビザがなくては、日本には半年しか滞在できなかった。私も同じで、イギリスには半年しか滞在できない。同じ国に在住するために、結婚して、イギリスに住むことにした。日本語ができない夫が日本で仕事を見つけるのは不可能だし、英語が少しはわかる私がイギリスで仕事を見つけられるほうが可能性が高いと思ったからだった。実際、渡英後2か月で、私は日本関連の会社で仕事を始めることができた。

そうして、イギリスで一緒の生活が始まった。

最初の数か月で、私はうつ状態になった。とにかくイギリスのなにもかもが嫌で、わけもわからずが出てくることがあった。言葉がよく使えないから、新卒がやるような仕事しかできず、一人前の大人として自信を持って生きることができず、朝出社してもまだ暗くて街灯がついているような冬のヨーロッパで、気持ちはどんどん沈んでいくばかりだった。

そのときは、なにが起こっているかもわかっていなかった。どうしてこんなにつらいのか、涙が出てくるのか、まったくわからなかった。

そして、それをすべてにぶつけていた。夫を見下し、ありとあらゆる文句をぶつけた。それも、最初は「冗談」のような調子で、それがだんだん悪化していった。夫からしても、理不尽な思いはするけれど、それをどうしたらいいかもわからないという、とても苦しい状態だった。

今思い出してみると、夫はみるみる病んでいって、ものすごい目で私を見るようになっていった。最後のほうでは、「長年連れ添った妻を殺す夫の気持ちがわかる」「いつかKelokoを殺してしまう」とすごい顔で言っていた。

それでも、私は気づかなかったのだ。なにが起こっているのかなんて、まったくわかっていなかった。

3年が経ったころ、ついに夫が爆発した。

いつものように喧嘩をしても、最終的に謝ってくれず、放棄した。投げ出した。だから国際結婚はやっぱり無理なんだと言って、寝室に行ったまま出て来なかった。

いつまで経っても戻ってこない夫に、どうしたらいいかわからなかった。考えに考えて、ものすごく頑張って、自分が寝室へ行った。頑張って譲歩して話しかけても、夫の態度は変わらなかった。そのとき、初めて「もうだめなんだ」と思った。「自分がどうにかしなければ、もうだめなんだ」って。今回はいつもと違う、もうこれでだめなんだ、と思った。

それで、謝った。悪いのは、こんなにこの国で私が苦しんでいるのに、日本語が話せなくて日本で仕事が見つけられず、日本に住めない原因となっている「」のはずだった。自分が悪いなんて思ってないから、謝りたくなんて絶対ないのに、もうだめなんだと思ったら、謝るしかないと思った。震える声で、謝り倒した。

夫と別れることになったら、日本に帰らなきゃいけない。実家に戻らなきゃいけない。それだけは絶対に嫌だった。やっと自立して、やっと結婚して、やっと自分の家族ができたのに。謝りたくなんかなかったし、すべてがズタズタになったけど、だからひたすら口だけは謝った。夫はそんな私の変化をまったく理解していなかったようだけど、私は自分が悪そうなところを、悪いと思ってないのに挙げて、謝った。

思えば、これが私の気づきの原動力だった。「実家に戻る」ことは死んでもできなかったから、ここにいるためになんでもしようと思ったのだ。妹の場合は、これがなかったから、すぐ離婚できた。子供がいたのにだ。でも、私は死んでもそうはいかなかった。だから、変われたのだ。

もうだめだと思ったんだけど、私はおかしいみたいだからカウンセリングに行くと言った。私はちょっとおかしいみたいだから、カウンセリングに行って専門家に聞いてみると。夫は納得しなかったけれど、そのときはそこまでで話が終わった。

これが、長い長い解毒戦記の始まりだった。

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