気づいてからの衝撃

自分の異常性に気づいてから、寝込んだ。もうだめだと思っていた。

  「自分にもバツがつくことになっちゃったな(妹が離婚している)」
  「日本に帰ることになるのだろうか」
  「申請中の永住ビザ(配偶者ビザ取得後2年で取れる)はどうなるんだろう」
  「30過ぎのバツイチをまたもらってくれるような人なんているんだろうか」

そんなことを考えながら、空っぽの頭で会社に行ったり、会社を休んで家で動かなくなっていた。

このとき一番つらかったのは、やっと私にも一緒にいる家族ができたと思ったのに、また一人ぼっちになってしまったことだった。これを思うたび、涙が止まらなかった。

気づいたことは、

  ①私が夫にひどくしてきたこと
  ②それが、親が自分にしてきたことと同じことだった

この二つだった。毒親と同じことを自分がやってしまっていることに気づいたのだ。

あんなに嫌悪していた親と、自分が同じことをしていたなんて。

今までのすべてが崩壊した。

それまで、私は「被害者」であるはずだった。親が「加害者」で、親を責めていればよかった。でも、私も親と同じことをしていた。同じ「加害者」になっていた。恐ろしかった。

そうすると、今までは「親から逃れる」ことで、自分というものを形成して保っていたということに気づいた。それが全部がらがら崩れてしまって、どうしたらいいかわからなくなった。「どうしたらいいかわからないなんて、そんなのあるわけない」と、それまでは思っていた。ちゃんと常識的に考えたら、わからないわけないって。でも、世の中そんなことばかりじゃないんだということを、初めて知った。

これを、夫にも話した。何度も何度も話して、たくさんたくさん考えた。

このときは、一人が本当に怖かった。こんなのは、実家にいたとき以来のことだった。あのときも、誰も助けてくれなかった。でもあのときは、「大学を出て自立すればいい」と思っていた。今は、解決方法がまったくわからない。でも、自分がどうにかするしかない。やっと居場所を見つけたのに、それが間違いだったなんて。どこにも行くところがないのだということがわかって、もう死ぬしかないのかと思った。あんなやつらと同じことを自分がしていたなんて、もう死ぬしかないと思った。

雨の中、なにも考えられずにフラフラした。どこでどうバスに乗ったのかわからないけど、気づいたらバスで空港に着いていた。うるさい雨の中で、携帯が鳴ってたような気がして、バスを下りて見てみた。夫から着信が何件もあって、見てるうちにまた電話が鳴ったので出た。

夫がタクシーで迎えに来てくれて、家に帰った。このときはとにかく空っぽになってしまっていて、なにも残っていなかった。

でも、こんなにさんざんひどいことをしてきた私を、それでも迎えに来てくれたことがうれしかった。このとき初めて、ものごとに対して細かくないイギリス人がありがたいと思った。日本人だったら、絶対迎えになんかこなかっただろうと思って。どうにかできるんだろうかと思った。だめかもしれないけど、自分のためにもどうにかしなきゃいけない。これをしなきゃ、生きていけない。

でも、このときはまだ、たぶんだめなんだろうと思っていた。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中